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2017年4月 2日 (日)

腰パンの半分は、やさしさでできている

このノオトを書くきっかけとなったのメモの日付を見ると、ほぼ5年前だから、腰パンの寿命の長さには驚かされる。

ここでいう腰パンとは、おもに男子が、わざとズボンをずり下げてパンツが見えるようにしつつ、股下を短く見せるファッションのことである。
(この文の一部は僕たちオジサン世代向けである。その箇所を現代風に書けば「わざとパンツをずり下げてアンダーウェアーが見えるようにしつつ」となるだろうか。さらに付け加えれば、腰パンの流行当初はまさに「わざと」だったが、今では元々ズボンがずり下がっていてパンツが見えているようにデザインされたズボンが流通しているようだ。)

さて、書籍『ほんとはこわい「やさしさ社会」』(通販サイトAmazonへのリンクはこちら)では、「やさしいきびしさ」「きびしいやさしさ」など、一見した優しさや厳しさと、それが本当に意味することについて考察されていて興味深い。

その本から得た発想で腰パンを解釈すると、腰パンの半分は、やさしさでできているように思う。

すなわち、友だちよりも自分の方が脚が長いと悪いという思いから、脚を短く見せるやさしさなのだろう。

僕は、腰パンはファッションとしては拒否してしまうが、脚の短い僕に対するやさしさと捉えれば、腰パンを見る目も少しはやさしくなれるような気がする・・・・とはいえ、論理(例:〜と捉えること)はなかなか感情(例:拒否)に勝てないから、このやさしさを素直に受け入れるのは難しい。

[補足]このノオトでは、過去にも2度ほど腰パンが登場している。「ノオト:かっこ悪くないのが不思議」「ノオト:若者ファッション考

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