おかしな表現

2019年7月25日 (木)

「和製英語」はおかしな表現である

「和製英語」を日本語として素直に解釈すると「和製の英語」となる。

つまり、「作られたのは日本だが、英語である」という意味であると捉えるのが自然である。

しかし、実際の意味は、国語辞典で「日本で、英語の単語をもとに、英語らしく作った語。」と説明されているとおり、「英語のようだが英語として通じない、日本でのみ通じる語」である。

「電気自動車」が「電気で動く自動車」、つまり特定の方式の「自動車」であるように、あるいは、「携帯電話」が「携帯可能な電話」、つまり特定の利用形態が可能な「電話」であるように、「和製英語」を自然に解釈すれば、「日本で作られた英語」、つまり特定の文化内で作られた「英語」であるはずである。

には、「英語風日本語」とでも表現するの方がいいように思う。

※このほかの「おかしな表現」については、「ノオト:加速度的に」や「ノオト:「難易度が高い」は無意味な表現」も参照してください。

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2018年12月20日 (木)

聴き逃すことのできるサービス?

NHKラジオ らじる★らじるには「聴き逃しサービス」がある。

ラジオ番組中でも、「聴き逃しサービス」が案内されている。

「汚名挽回」が、厳しくいえば間違った表現ではあっても、意味はすんなりと頭に入ってくるのと同じように、この「聴き逃しサービス」も、意味はすんなりと頭に入ってくることは認めざるを得ない。

しかし、「汚名挽回」と比べて分かりやすいことばだからこそ、「聴き逃しサービス」には違和感が残る。
「聴き逃すことのできるサービス」という、おかしな意味を聞き取ってしまう。

「聴き逃し(た番組の聴き直し)サービス」ということだと思うが、なぜ、「聞き直しサービス」にしなかったのかが疑問である。

強いて好意的に解釈するなら、
 「聴き逃し(をサポートする)サービス」
  ↓
 「聴き逃し(た人をサポートする)サービス」
ということかもしれない。

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2018年11月28日 (水)

外国人や人工知能には理解が難しそうな日本語表現(JRの例)

「●●●する際には、○○○してください。■■■する際には、□□□してください。」

この「●●●」と「■■■」、そして、「○○○」と「□□□」には、それぞれ対応する表現が入るのが自然である。

例えば、

「キャップを開ける際には、左に回してください。キャップを閉める際には、右に回してください。」
「電源を入れる際には、赤いボタンを押してください。電源を切る際には、赤いボタンを長押ししてください。」

などのように、である。

ただし、自然なことば(自然言語)では、文法に収まらない例外があるから、上の例のような、外国人にも分かりやすそうな表現を使うことはほとんどない。


清水義範著「永遠のジャック&ベティ」(通販サイトAmazonへのリンクはこちら)は、の世代の中学英語教科書に出てくる表現のおかしみを、それを日本語に直訳することによって教えてくれた。

さて、JRでは、列車内の冷暖房効率を上げる目的で、電車のドアすべてを一斉に開け閉めすることはせず、乗降客自らがドアそばのボタンを押してドアの開け閉めをすることがある。

前置きが長くなったが、JR東日本で使われているアナウンスで、外国人や人工知能には理解が難しそうだと感じる日本語表現は次のものである。

(表現A)「ドアを開ける際には、ボタンを押してください。ドアを閉める際には、後ろのお客様にご注意ください。」

この表現Aを文字通りにとれば、次のように解釈することも可能であろう。あるいは、次のように解釈されてしまう恐れがあるだろう。

ボタンを押す → ドアが開く
後ろの客に注意を向ける → ドアが閉まる

人は、後ろの客に注意を向けるだけでドアが閉まるようなミラクルのことを言っているのではないと瞬時に理解し、すぐに別の正しい解釈にたどり着くのである。

表現Aの省略を埋めれば次のようになるだろう。

(表現B)「ドアを開ける際には、開くボタンを押してください。ドアを閉める際には、閉めるボタンを押してください。ただし、ドアを閉める際には、後ろにお客様がいらっしゃる場合もありますので、後ろに注意してボタンを押してください。」

このような長いアナウンスを避けたいというのが、人に通じるギリギリの線をおさえた表現Aなのだろうから、苦労を察することはできる。

しかし、僕としては、さらにギリギリの線を攻めて、次のような簡潔なアナウンスを提案したい。

(表現C)「ドアの開け閉めには、ボタンを押してください。」

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2017年8月18日 (金)

天気予報における表現の改善?

いつ頃始まった習慣なのか定かではないが---の記憶では10年は下回らない---、テレビやラジオの天気予報で頻繁に耳にする決めつけ表現がある。

それは、〈ノオト:限定し過ぎ!?〉でも言及した、折りたたみ傘の携行に関することである。

一日中雨ではないが、雨が降る可能性が高い日の天気予報で、「折りたたみ傘があるといいでしょう」という決めつけが気に入らない。

折りたたみじゃない傘を持ちたい人も、少数派かもしれないが、いるだろう。

つい最近(1週間ほど前)に、これに関して、納得できる表現を耳にして、うれしくなった。

NHKラジオ第1の、あるニュースの最後の天気予報で、「雨具があると安心です」と言っていた。

これが今後の主流になればいいのにと思う。

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2017年5月15日 (月)

ギアチェンジ

箱根駅伝のテレビ中継で、山登り区間の選手が(比較的)平坦な道路から傾斜の急な道路に入り、力走する姿を評して、アナウンサーが、ギアを上げましたというが、本当はギアを下げなければならない。

アナウンサーは、違うと分かっていても、視聴者に伝わるように敢えてそう言っているのかもしれない。

もこの歳になると、正しさよりも伝わる方が大事だと思うことが多々ある。

※ ギア(=ギヤ=gear)はギア比

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2013年12月22日 (日)

「難易度が高い」は無意味な表現

インターネット上の情報が必ずしも正しいとは限らないのと比べるとまだマシだが,辞書に載っているから正しいとも限らない.

今回は,冷静に考えてみると無意味なことばについて述べたい.

実のところ,ことばの「正しさ」「無意味さ」の定義は容易ではない.
なぜなら,元来の意味とは異なっていても,そしてある時代には間違いであったとしても,コミュニケーションの道具としては「通じることばが正しい」という面を持っているからである.
例えば,「新しい」は元々は「新たし(あらたし)」だったのが誤用されて変化したのだが,いまどき「新たしい携帯を買う」などと言っても通じない.

もはや修正不能な極端すぎる例を挙げたが,誤用の中にはまだ修正の余地が残っているものもある.
以前のノオトで取り上げた「加速度的に」も一例だが,ここでは「難易度」について述べたい.

耳慣れているから,聞いたときにすんなりと理解できてしまうだろうが,冷静に考えると「難易度が高い」「難易度が低い」はおかしなことばである.

正しくは「難度が高い」「難度が低い」であろう.

自然に解釈すれば,「難易度」は「難度および易度」である.(【注意】「易度」ということばは辞書には載っていない).
だから,「難易度が高い」は「難度および易度が高い」となり,難しいのか易しいのか分からない!
難易度は高くも低くもなれないのだ.

分かりにくいと感じる人も多いと思うので,別のことばに置き換えてみよう.

「高度1万メートル」などで使われる「高度」について考えよう.
高度は高さの度合いである.
字面だけから考えれば,高度の対義語は「低度」であるから,「高度および低度」を「高低度」と表わすことも可能だろう(【注意】「低度」は辞書に載っているが意味が異なる.ここで考えている「低度」は辞書に載っていない).

「難易度が高い」に対応する「高低度が高い」は意味をなすだろうか?
これが意味をなさないことは理解しやすいだろう.

つまり,「難易度が高い」は「高低度が高い」というのと同じように無意味なのだ.

高低を用いて意味のある表現は,「高低度」ではなく「高低差」である.
(一般には用いられないが)難易を用いて意味のあるのは「難易度」ではなく「難易差」だろう.

《変更履歴》
2013-12-28:タイトル変更.旧「難易度が高いとは?」→新「『難易度が高い』は無意味な表現」

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1999年2月12日 (金)

加速度的に

結論からいうと「加速的に」が正しい.
「加速度」は「速度が増加する度合い」で[註*],「的」は「…のような」,「…に関する」,「…の性質を持つ」という意味を付け加えるために使われる.だから「加速的に」ならば「速度が増加する性質を持って」となって意味があるが[註**],「加速度的に」では「速度が増加する度合いの性質を持って」ということになり無意味になる.

例えば「積極的に」を「積極性的に」と言うのと同じように無意味なのだ.

インターネットの検索エンジンで「加速度的」を探してみれば,新聞社のサイトも結構ヒットして,ジャーナリストたちが安易に科学技術用語を誤用していることが分かる.ここでまさかとは思ったが手元にある“広辞苑(第4版)”で引いてみたら,何と丁寧に用例付きで

かそくどてき【加速度的】
変化の度合が急激に増してゆくさま。「輸出が―に伸びる」
とあった!
これでは日本人がみな間違うのも無理はない.第5版では間違いが正されているのを願う.

[註*] 実際には“負の”加速度もあるので増加するとは限らないが,ここでは日常的用語としての矛盾を取り上げているので問題にしない.日常用語では「加速」の反対は「減速」である.
[註**] とはいっても,もともとそれ以外では表現しにくい場合に「的」を使うし,「的」はあまりにもうまく曖昧さを吸収してしまうので,「的」なしでの言い換えはかなり苦しい.

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