思い込み

2019年6月18日 (火)

【あったらいいもの】添付忘れを教えてくれるメールアプリ

メールのやりとりで時折あるのは、ファイルを添付するつもりだったのに添付し忘れて、
「添付し忘れたため、再送信します。」
である。

自身も年に1、2回はしてしまうこのミスの発生理由にも興味があるが、メールの文面を把握して、ファイルが添付されるはずなのにされていない場合には、送信前に注意や確認をしてくれるメールアプリがあったらいいと思う。

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2019年6月10日 (月)

「幸せ、ああ」か、それとも「ああ、幸せ」か

Kirinitibansiboriaasiawase1年以上前から、ビール「キリン 新・一番搾り」のポスターに違和感を覚えていた。

ここで紹介したいと思いつつも、そうせずにいたから、そろそろ、の感じた違和感も賞味期限を過ぎてしまったかな、と思った。

しかし、まだ、僕が違和感を覚えたポイントは変わっていなかった。

画像[クリックで拡大]は、つい先日の写真である。

みなさんは、ポスターに書かれている「ことば」、モデルさんの背後に筆書きで書かれている4文字の「ことば」、を何と読むでしょうか。

僕は「幸せ、ああ」と読んでしまう。ポスターの意図としては「ああ、幸せ。」なのだが…。

僕がそう読んでしまう理由を分析すると、縦書きだから右の行から左の行へという無意識の判断があるのだと思う。

だから、自然に読めるポスターとするには、現状の

 あ  幸
 あ  せ。

ではなく、

 幸  あ
 せ  あ

とする方がいいと思う。

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2019年5月14日 (火)

アメリカ人にも、チップは難しい?

アメリカ合衆国(米国)の雑誌「Consumer Reports」の2019年2月号に、チップに関する特集記事がある。チップの作法(マナー、エチケット)が解説されている。

アメリカ人には当たり前の習慣だと思っていたから、特集記事で解説されていることに、驚いた。
チップは日本にはない習慣だから、チップの習慣のある国に行った際にはもチップには悩まされているが、まさか、アメリカ人にとっても難しいとは、驚いた。
驚いたと同時に、何事も、外から見るのと中にいるのとでは違うものなのだな、と思った。

さて、その記事を読んで、ホテルに宿泊した際の部屋係(ハウスキーパー)へのチップについて発見があった。

以前、アメリカ事情通の日本人が書いている記事で、部屋係へのチップについて読んだことがある。
そこには、ベッドにチップを置くのは日本人だけであり、アメリカ人でそのようにする人に会ったことがないというような話が書かれていた。
僕は、へぇーそうなのかーと納得し、自分がアメリカでホテルに泊まった際に、ベッドにチップを置いてきたことを振り返って恥じ入った。

しかし、上記の Consumer Reports のチップ特集には、部屋係へ向けてチップを置くのが普通であるように書かれている。
毎日$3から$5を、「For housekeeping」のメッセージを添えて置くように薦められている。
つまり、そのアメリカ事情通は、本人の周囲の情報を、あたかも皆がそうであるかのうように一般化してしまったようだ。

僕自身を含めて、個人の考えは常に偏見である可能性があるということだろう。
人々のコメントを信じ切ってはいけないのだなと、改めて思った。

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2019年2月10日 (日)

MacBookディスプレイの汚れは、付いた汚れではないので取ろうとしてはいけない

これは、の思い込み(間違い)による失敗談である。

Apple のノートパソコン MacBook Pro の Retina ディスプレイの汚れが気になっていた。

汚れ方からして間違いなく、キーボードに付いた手の脂が、ディスプレイを閉じたときに液晶画面に付いたものだと思い込んでいた。

使用中(=ディスプレイが明るいとき)には気にならないが、ディスプレイがスリープして真っ暗になったときの、白っぽい汚れが気になっていた。

時折、柔らかい布で乾拭きするものの、きれいにはならない。
しかし、大いに気になるものではないので、1年程度は特別な対応をしてこなかった。

先日、家電量販店に行った折、いいモノが目に入った。
液晶用のウェットクリーニングシートである。

「これを使えば、ずーっと気になっていた汚れがきれいに取れるはずだ。」

これは大間違いであった。

汚れは何らかが付着していると思い込んでいたが、インターネットで調べてみたところ、反射防止コーティングがはがれてできた表面のキズ(あるいはキズが広がったかすれ)であった。
付着しているなら、ゴシゴシこすれば取り除けるが、キズを強くこすれば広がってしまうのは当たり前である。

僕と同じ過ちを犯す人が増えないことを願います。
(なお、下記の参考情報では修理した体験談が紹介されていますが、僕の場合は無償修理対象ではないことと、キズが大きくなってしまったとはいえ、ディスプレイが明るいときには気にならない範囲に収まっているため、時折自分の失敗を悔やみつつも、そのまま使っています。)

▼参考情報
インターネット上には、この件に関する記事が、国内外を問わず多数存在しますが、2例だけリンクを張っておきます。
またか!MacBook Proの画面コーティングが剥がれたので修理しました!(Appleサポートへの依頼の流れ)
Macbook Proの液晶コーティング剥がれは保証期間を過ぎていてもなんとかなるらしい

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2018年12月15日 (土)

徒然草「仁和寺にある法師」とナイアガラ

Niagara仁和寺に住む法師が石清水八幡宮にお参りするつもりが、麓(ふもと)の極楽寺や高良大明神を拝むだけで帰ってきてしまった「徒然草」第52段の話は、のナイアガラ体験に通じる部分がある。

滝や川が見え始めて、素晴らしい景色に感動し、写真を撮りまくり、もしも時間に余裕がなければ、それだけで満足して帰ってきたかもしれない。

が、奥まで行ってみると、途中とはまったく別世界の絶景であったから、途中で引き返さなくてよかったと思った。

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2018年11月13日 (火)

「ろげんりょく」とは、どのようなチカラ?


これは、テレビを文字通り「見る」ことが多いゆえの読み間違いである。

いつものように消音してテレビをつけ、タレントの半生を素材にしたトークバラエティーにチャンネルを合わせ、ふと画面に目をやると、

 「ロゲン力は弱い」

とテロップ(字幕)が出ていた。

「ろげんりょく」とはどのような「チカラ」だろう・・・?、どのような「チカラ」が弱いんだろう・・・?、と悩みつつ「見て」いたら、その後のやりとりから、

 「口喧嘩は弱い」

ということだと判明した。

参考までに、「くちげんか」と「ろげんりょく」を仮名漢字変換すると、それぞれ、「口ゲンカ」、「ロゲン力」となり、表示に用いられるフォントによるが、判別は困難であろう。

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2017年9月 9日 (土)

しばん志 → ジバンシー?

古い写真の中に「しばん志」を目にしたとき、すぐさま「ジバンシー」(GIVENCHY)と読んでしまった。
(最初の字は「じ」ではなく「し」だから、そもそも読み間違いである。)

その写真に写っていたのは、往年の新橋駅だった。

昔は駅名表示も右から左に書いたから、「しばん志」を右から読めば「しんばし」である。

P.S. 新橋の「新」を「志ん」と書く例として、志ん橋大提灯を挙げておく。

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2016年9月23日 (金)

誤解して敬遠していた

Meaningoflは,30代後半あたりから小食になった.

だから,「バイキング」「食べ放題」「大盛り」「Lサイズ」などの表現があると,まず避けてしまう.

ここ半年くらいだろうか,あるコンビニの弁当売り場で,品としては僕の好みだから食べたいと思ったのだが,Lサイズだからと敬遠していたスパゲッティーがある.

週に一度は目に入り,これがLサイズではなくて普通サイズだったらいいのに…,と要望を投稿しようと思うことも多々あった.

最近,ふとみると,近くに同じ見ばえで「大盛り」の名が付いている,サイズの大きなスパゲッティーがあることに気づいた.

そこでやっと僕は気づいた.
「Lやみつきナポリタン」のLが,largeのLではないことに.
それで,半年越しに,イメージ通りの味のナポリタンを食べることができた.

Lは,それが売られているコンビニ名の頭文字なのかもしれない.

商品のネーミングに対する不満を感じたものの,今になって思えば,それがLサイズならば「やみつきナポリタンL」と書くのが自然だから,「Lやみつきナポリタン」となっていた時点で,自分の解釈を疑うべきだったのだと反省している.

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2015年12月20日 (日)

解決すればいい vs. 原因を探りたい

も科学者のはしくれだから,無意識に,結果オーライを避ける思考回路が働いてしまうことが多い.

思考回路が働いて“しまう”というのは,後になってみれば,その回路が働きさえしなければ,より少ない手間と時間で解決できていた“のに”という僕の意識の表われである.

アラハーとなり,それなりの量の経験をしてきた過去を振り返ると,出来事はまんべんなく訪れるよりも,突然に集中的に訪れる方が多い・・・ように思う.

ごく最近の例でいえば,僕のパソコンアプリケーションのトラブルと,職場のコピー機(複合機)のトラブルの両方が同じ日に発生し,どちらも,結局のところ再起動という,まったくといっていいくらい手間と時間のかからない方法によって解決した.

パソコンの方は,わざとユーザーがアクセスしにくいようになっており,特別な操作をしない限り見えないファイルを無効化してみたり,元に戻したり,それでも解決しないのでインターネットで同様の現象で困ったことのある人からのヒントを得ようと検索し,近い症状の事例の解決方法を真似してみたり,挙げ句の果てには,そのアプリケーションの中核をなす30ギガバイトのファイルをバックアップから復元し,トラブルが発生していなかったときの状態に戻したり,・・・.それでもトラブルは解消しなかった.

結局,パソコンそのものを再起動したら,そのアプリケーションは何ごともなかったかのようにフツーに使えるようになった.

コピー機の方はUSBメモリーへの文書保存に際してUSBメモリーが認識されないトラブルだったのだが,一般ユーザーとしてあれこれ試したり,管理ユーザーとしてあちこちの設定を変更したり戻したり,そうこうするうちに,保存用ばかりか読み出し用の機能でもUSBメモリーが認識されておらず,サポートに連絡すべき故障なのかもしれないと思うに至り,ダメ元でコピー機の電源をOFFにし,改めてONにしてみたところ,パソコンと同様にこちらの方も,何ごともなかったかのようにフツーにUSBが認識されるようになった.

僕が,再起動させるという行動をすぐに起こせなかったことは,悪く言えば,機転が利かなかったということだが,良く言えば,手段はどうあれ解決すればいいという発想を無意識に抑制し,原因を特定したいという探究心が勝っていたということである.

かくいう僕も,もちろん,世の中のあらゆることの原因を特定したいと思うわけではない.解決すればいい,結果を知ることができればいいと思うことの方が圧倒的に多い.

自分が興味のあること,あるいは,それほど興味があるとは言えなくても,それくらい解決できる自分でありたいと思うことについては,当面の問題だけでなく将来発生するであろう同様の問題に対処するための知識を得たいという気持ちになるため,結果よりも過程を重要視するモードになるのだろう.

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2015年12月18日 (金)

フィリングイン,その後

ノオト:フィリングイン(filling-in)」では,実は人がまったくいないわけではないのだが,人気(ひとけ)のない寂しげなキャンパスに見える写真をデモンストレーションした.

その後,そのデモンストレーションをバージョンアップしたページを作った.

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