アイデア

2015年6月15日 (月)

キャラクターの愛称

は応募マニアの域にはほど遠いが,(建設的だと自負している)要望や質問の件数と,応募の件数を合わせれば,毎月1件は下らない頻度で実行していると思う.

最近(近年)の応募で記憶が鮮明なのは,キャラクター愛称ネーミングへの2件の応募である.

2件のうちの1件目は,僕が長年温めていたアイデアにちょうどいい募集があったので,すぐさま応募したものである.
(そのアイデアについては「ノオト:三人組」を参照.)
実のところ,元々のアイデアは県レベルのものであったのに対し,募集は市のレベルであったから,マッチングの悪さを懸念していた.

残念ながら,入賞できなかった.

2件目は,県レベルの募集であった.
いきいき茨城ゆめ国体2019のマスコットキャラクターの愛称募集であった.

県レベルだから,上記のアイデアとのマッチングはよかったのだが,募集は,ある1つのキャラクターの愛称であったから,そのアイデアを流用することはできなかった.

そのため,この応募に際しては,新たに考えた愛称を複数件送った.

結論から先に言えば,採用された愛称(残念ながら僕の応募作品ではない)は,あまりにもストレートな「いばラッキー」だった.
(愛称募集に際し,事前にキャラクターのプロフィールが公開されており,その中に,ラッキー星からやってきたとあったから,なおさらストレートな結末だった.)

僕の応募作品はひねりがきいたものばかりであった・・・・ひねり過ぎたといえるかもしれない(^_^;)

僕が応募した5つの作品とその説明(理由)は以下の通りである.
(キャラクタープロフィールに,好奇心旺盛というキーワードが入っていたことも参考にされたい.)

●愛称 : キュリオ
簡単な説明(名付けた理由など) : 好奇心旺盛ということから、curiosity → キュリオシティー → キュリオ。
また英語でも、curioはcuriosityの短縮として使われている。

●愛称 : ジョー・アイバラ
簡単な説明(名付けた理由など) : ニックネームは「ジョー」。
由来は以下の通り。
「茨城」を次のように書き換える。「ibara城」。
さらに書き換えると、「i-bara じょう」。
ここから「あいばらジョー」となり、姓と名の順序を逆にして英語での呼び名にすれば「ジョー・アイバラ」。

●愛称 : ラッキー・シロー
簡単な説明(名付けた理由など) : 茨城から(いば)ラッキー。
城からシロー。
そこから、アーティストの芸名風にラッキー・シロー。

●愛称 : あいばラッキー
簡単な説明(名付けた理由など) : ニックネームはラッキー。
ibaraki → iba lucky。
「iba」を英語風に発音して、「あいばラッキー」。

●愛称 : ラグプー
簡単な説明(名付けた理由など) : 「いばらき」から、「良い+場+ラッキー」。
英語に直せば「good + place + lucky」。
茨城は「ラッキーでグッドなプレース」。
「ラ(ッキーで)グ(ッドな)プ(レース)」。
ここから「ラグプー」。

以上!

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2014年11月 1日 (土)

提案!「オレンジゾーン」

白か黒かはっきりしないことをグレーゾーンという.

サッカーが,競技としても文化としても,日本人におおいに浸透した現在だから「オレンジゾーン」ということばも通用するのではないだろうか!?

レッドカードとイエローカードの間,つまり,非常に悪質とやや悪質の間のゾーンをオレンジゾーンと表現してはどうか,と思う.

ことばに関するの提案については「ノオト:名案!気の利いた造語・・・のはずだった」も参照.

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2013年3月26日 (火)

「「恐るべき発想:略語編」への付記」への付記

ノオト「「恐るべき発想:略語編」への付記」の中で,テーブルにチョークで字を書くシーンについて述べた.

「アンナ・カレーニナ」に出て来るそのシーンとは雰囲気がかなり異なるが,チョークといえば,の印象に強く残っているのは「赤毛のアン」に登場する手持ち黒板とチョークである.

まだ現代のようなノートや筆記具が普及していない時代だったからだろう,手で持てる大きさの黒板にチョークで書きながら授業を受けるシーンがある.書いては消し,書いては消しつつ,勉強するシーンである.

とりあえず書いておき,後でよく勉強する,ということが不可能な黒板とチョークの方法は,集中力を要するから,勉強の効率が高いだろう.

この方法を現代の学習環境に適応させれば,さらりと脳をかすめる勉強法と対極的な,脳に汗をかく勉強法として有効ではないかと考えている.

僕のアイデアは次のような授業である.学生は黒板とチョーク(または白板とペン)を利用して60分間ほど授業を受ける.教科書も使用しない.そして,最後の30分ほどをかけて,記憶の糸をたぐり寄せつつ授業内容をノートする.

この方法を試す機会をうかがいつつ,既に10数年が過ぎている.

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2012年5月19日 (土)

カレンダーへの丸付け

スケジュールはiCloudのカレンダーとGoogleカレンダーを,To DoリストはRemember The Milkを利用している.

それらを使いこなしている(と自負している)から,スケジュールとTo Doリストは効率的に管理できている.

それでも,壁に貼ったカレンダーに丸を付けるのが最も分かりやすいこともある.

の場合それは,今後のキーとなる締め切り日である.

1年表示のカレンダーに丸を付けておくことで,残り日数のイメージが掴め,その日へ向けた集中力の配分ができる.自分の都合とタイミングで,ただ視線を向けるだけで情報を瞬時に把握することができる.
デジタル機器(とIT)でこれに相当する機能を実現することは困難である.

最近まで僕は,赤色の太字ペンでカレンダーに丸を付け,その日が過ぎたら赤丸が目立たなくなるように青色のペンで上塗りしていた(青色には特別な理由はない.黒色でも構わなかったのだが,たまたま手持ちが青色だった.赤色に青色を上塗りすると,ほとんど黒色になる.).

しかし,この方法だと黒丸がカレンダーに残るので,それが視覚情報を攪乱[かくらん]し,キーとなる日付の存在感が低下してしまう.

そこで考えたのが以下の方法である.

長細い付箋ではなく幅広の付箋に赤色太字ペンで丸を描く.
それをカッターで切り抜いて手書き赤丸風の付箋とする.

Circleforcal2

締め切りが過ぎたら,付箋をはがして次のキーとなる締め切り日に貼り直す.

Circleforcal1

これにより,締め切りの自己管理が一層スッキリとできるようになった.

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2012年5月10日 (木)

名案!気の利いた造語・・・のはずだった

最近,40代女性をターゲットにした雑誌STORYを手に取る機会があった.

ぱらぱらと頁をめくってみると,そこには「無糖派」「DKJ世代」など,僕には分からない言葉が当たり前のように使われていた.

すぐに調べたくなるは,DKJ世代が団塊ジュニア世代であること(DanKai Junior),そしてそれは現在の40代前半であることを知った.

さて,年齢層を表わすのにアラ○○ということばが使われ始めて久しい.

アラサー,アラフォーは発音しやすいし耳馴染みもいい.
そして,アラカンは,うまい語呂合わせだ.
(アラサー:アラウンド・サーティー=30歳前後,アラフォー:アラウンド・フォーティー=40歳前後,アラカン:アラウンド還暦=60歳前後)

ところが,僕自身を表わすこの種の表現アラフィフ(アラウンド・フィフティー=50歳前後)は,発音しにくい上に語呂もよくない.
迷える50歳ということで,発音しにくさ,語呂の悪さを受け入れることもできるが,ふと,何とかならないものかと考えた.

そうしたら,すぐに名案が浮かんだ.それは「アラハー」.

これ,いいんじゃない!? 名案だ!と,ひとり悦に入ってワクワクしていた.
(アラハー:アラウンド・ハーフ・ア・センチュリー=around half a century=半世紀前後)

それを知人Bに話したら,冷めた口調で,聞いたことある,と言う.

何事も世界初は難しいものだと理解してはいる.誰も考えたことのないすごいアイデアに思えても,人類の歴史上初めてのアイデアは皆無と言っていい.

とは言っても,自分の名案がどれほどのものか確かめないと落ち着かないので,早速Web検索してみた.

Googleで"アラハー"を検索すると,約1,000件がヒットした.同じく"アラフィフ"を検索すると約550万件がヒットした.何れも2012/05/09,23:45頃.

つまり,まだあまり多くの人が使っていない気の利いた表現であることは間違いない!
1,000は550万の約0.2%である.0.2%は無しに等しいから,価値ある名案であると判断できよう!?

さて,ここまで来ると,他の件数も気になるので調べてみた.
アラサー:約1,240万件
アラフォー:約1,960万件
アラカン:約54万件

最後に,このアラ○○がここまで普及した理由を分析して〆にしたい.

ひと昔前までは,40代などの表現が一般的だった.それとアラフォーなどの違いは何だろうか.

40代といえば,40歳から49歳までを指す.だから,40歳になった瞬間に49歳と同じに扱われている感がある.

それを言うなら,39歳まで30代でいられたのだからよしとすべきなのだろうが,大台に乗るという負の印象が嫌われるのだろう.

○○代という表現は,客観的には数値の切り捨てであるのだが,代の切り替わりの瞬間,気持ちの上では切り上げに感じられる.

それに対し,アラ○○は四捨五入の感覚であって,○○代という表現では大台に乗るところを,相変わらず前の年と同じアラ○○でいられるうれしさがある.

これが,アラ○○が好まれる理由だと思う.

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2011年6月18日 (土)

三人組

三人組キャラクターのメンバー名として,が十年来温めているものがある.

大変な名案だと思うのだが,提案あるいは応募する機会がないのだ.

三人組といってすぐに頭に浮かぶのがゴールデンハーフだとしたら,その人は僕と同世代だと思う.

チャーリーズエンジェル,キャンディーズ,いきものがかりなど,考えたら考えただけ頭に浮かんで来る.

茨城で三人組といえば,水戸黄門の黄門さま,助さん,格さんである.

僕が温めているというのは,茨城の三人組新キャラクターのメンバー名である.

例えば「三人組の新キャラクターが決まりました.メンバーの名称を募集します!」などがあれば真っ先に応募したいと思っていた.

僕の中では最高傑作なので,機会が巡ってくるのを待ち続け,温めていた.

とはいえ,2006年に(財)茨城県交通安全協会が主催する「茨城弁交通安全川柳コンテスト」に入賞を狙って自信たっぷりに応募したものの佳作にも選ばれずに落胆した経験があるから,世間には理解されないかもしれないという不安もある.

というような訳で,十年前にひらめいた瞬間の興奮も冷めてきたし,応募する機会もなく,どのみち世間には理解されないかもしれないので,ここに紹介しようと思ったのだ.

茨城の三人組の新キャラクター(設定はハーフか西洋人)は・・・

「イブ」と「アル」と「アキ」

である.

これがなぜ茨城のキャラクターに絶好かというと,三人の名前を舌が回らないくらい早口で続けて言ってみれば分かる.

「イバラキ」

と聞こえるはずである.

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2010年9月16日 (木)

発想の勝利

Aretheyflowers駅で見かけた広告に発想の勝利を見た.

というのは,それを見たときの感動の大半が技術によってもたらされたのではなく,使われているのは簡単な技術だが,発想が素晴らしいために感動を呼び起こされたからだ.

ハイテク過ぎずにローテクの要素があるモノ,デジタル一辺倒じゃなくてアナログの要素のあるモノに強く惹かれるの心が強く揺さぶられたのが,この広告(クリックで拡大)である.
(ローテクを巡る僕の考えについては,ノオト「レトロ・テク」「立体視」も参照)

一見すると,そこには,コンピューター・グラフィクスで作成されたとおぼしき花模様があしらわれている.

が,詳細を見るとそれは,ポーズをつけた一人の人間をぐるっと放射状に配置しただけなのだ!
(部分拡大写真を見るにはここをクリック)

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2010年8月22日 (日)

ひと工夫の効果:ファッション編

Buttonはファッションには気をつかわずに生きてきた.

中学入学までの髪型は,後ろと横がバリカンのかりあげで,前髪はハサミでまっすぐ横にパッツンと切りそろえられていた.それは僕が希望したというのではなく,恐らく幼稚園児の頃に,親と床屋さんが推薦したのであろうその髪型を始め,一人で床屋に行けるようになっても,「いつもの通りで」を繰り返し,いつの間にか小学校を卒業する年齢になったに過ぎない.

中学生になってからは,写真を見ると前髪は自然にバラけているが,それが自ら言い出したものなのか,それとも床屋さんに「そろそろ中学生だから前髪をまっすぐ横に切るのは止めてみようか?」と提案されたからなのか,記憶に残っていない.

中学を卒業し,(詰め襟学生服の制服はあるものの)私服オッケーの学校に通い始めた当初,大多数の同級生は学生服で通学しており僕もそうしたが,一月ごとに学生服が減っていき,しばらくすると学生服は圧倒的少数派となったが,僕は卒業まで学生服を貫いた.貫いたというと、そこに強い意思があるようにも聞こえるが,そうではなく,私服が面倒で学生服が楽だからそうしていたに過ぎない.

大学に入ると、自分で選んで購入する私服が基本になったが,ファッションに無関心でセンスがなかったから,上着,ズボン,靴など単体での鮮やかさ,面白さ,好みだけで選んだものを無作為に組み合わせただけで,いま思い返せば10〜20年先を行き過ぎて周囲からは相当に浮いていたことだろう(^_^;)

このような僕だが,初老を迎えた辺りから,他人のファッションに目を向けるようになった.

自分と同世代以上の男性で,オシャレな,あるいはカッコいいファッションをしている人を目にすると,その人がなぜオシャレなのかを考えるようになった.同時に,オシャレじゃないファッションがなぜオシャレじゃないのかを考えた.

オシャレにおける中年男性の失敗パターンは《若作り》によるものが多い.その代表例は,クラシックな紺のジーンズにスニーカー,白のTシャツである.

それを反面教師であると認識して以来,それまでは一年の9割以上は紺のジーンズを履いていた僕も,紺は避けて黒のジーンズにしたり,ジーンズ以外のパンツを履くことが増えた.

できれば,悪い例を避けるだけではなく,いい例も試してみたいところだが,オシャレなファッションはどう見ても相当にお金がかかっている.その上,単にそれを入手するだけでなくそれを着こなす総合的身だしなみを整える必要があり,そこが難しい.

さて,前置きが長くなったが,本題である.

先日,電車の座席に座り,いつものように中吊り広告観察,人間観察,ファッション観察をしていたら,真っ正面にオシャレなシャツを着た青年が立った.

デザインや柄もオシャレなのだが,特にボタンの縫い付け方が目にとまった.シャツのストライプと同じ色の糸で,冒頭の画像の下側のような縫い方だったのだーーー僕の描き方が下手だから,そこで僕が感じたオシャレ感が十分に表現できていないことを了承下さい(^_^;)

一般的には図の上側のように縫い付けるところを下側のように矢印に見えるように縫うだけなのに,新鮮な印象になるだけでなく,縦に並んだボタンにダイナミズムが生じる.

ほんのひと工夫の成功例を見た.

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2004年9月13日 (月)

オリンピック改革案?

陸上や水泳では予選,準決勝,決勝という手順を踏む競技が多いが,僕は以前からこのことを疑問に思っていた.予選や準決勝で流して(力を抜いて)走るという行為が気に入らない.もちろんその流して走るという行為は,その後の試合に向けて体力を温存するためで,正当な駆け引きである.マラソンでは2時間以上の長丁場の中で行なわれている駆け引きが,短距離では予選,準決勝,決勝という流れの中で行なわれているのだということは“理解”はできる.しかし,僕は頭が固いから,オリンピックで精一杯戦わないという事実が“納得”できない.

全員が必ず精一杯戦う方法を提案したい.それは,予選や準決勝をなくし,決勝だけにすることである.そのために,陸上短距離や水泳で現状では8コースしかないのを,32コースとか64コース作るのだ.何十人もの選手が一度の戦いに精一杯取り組んでいる光景を想像すると心が躍らないだろうか?

この方法の難点は,試合の経過が今よりも把握しにくくなるかもしれないことである.人間が注意できる対象の数や範囲は限られているから,例えば32人の100メートル走を楽しめるかどうかが鍵となる.

人間がすぐに記憶できる項目数が7±2程度であることは,1956年にG. A. Millerにより発表された論文で考察されていて,この数値はマジカルナンバー(magical number)と呼ばれている.観客が全体を十分に把握できるため,引いては観戦を楽しめるためには,8コースというのは考え抜かれた選択なのかもしれない.しかし,人間の歴史は,自らが自然に有する以上の能力を獲得する歴史である.競技場の設計に加えて,テレビ中継にも革新的な工夫が必要になるだろうが,試してみる価値はあると思う.

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