ことば

2019年8月31日 (土)

「転がる石に苔は生えない」は、「転がる石」を肯定しているのか、否定しているのか?

サントリーの緑茶「伊右衛門」のCMで、イモトアヤコに向かって宮沢りえが、「転がる石にコケは生えへん、いうてね」と言っている。

「転がる石に苔は生えない」の「転がる石」について、は数十年来、「転がる石」を否定する、つまり「転がる石」はよくないという意味だと思い込んでいたから、そのCMで「転がる石」を肯定しているのを聞いて、焦った。

またしても僕は、長年、思い違いをしていたのか、と。

そこですぐに辞書を引いてみた。そしてホッとした。両方の意味があり、僕の知識が間違いではないと知って、ホッとした。

広辞苑のように、「転がる石」をよくないと否定する解釈を先に挙げる辞書がある:

【広辞苑 第七版】転石苔を生ぜず
(英語のことわざから)
・何事も腰を落ち着けてあたらないと、身に付くものがなく大成できない。
・常に活動している人は、時代に遅れることがない。

また、The New Oxford American Dictionary のように、"a rolling stone"=「転がる石」を否定する解釈のみを挙げる辞書がある:

【The New Oxford American Dictionary, THIRD EDITION】a rolling stone gathers no moss.
 [proverb] a person who does not settle in one place will not accumulate wealth or status, or responsibilities or commitments.

その一方で、スーパー大辞林のように、「転がる石」を肯定する解釈を先に挙げる辞書もある:

【スーパー大辞林(2013年版)】転石苔を生ぜず
・活発な活動を続けている者は,いつまでも古くならないことのたとえ。
・ 一か所に落ちつかない者は大成しないことのたとえ。

ことばは変化し続けるものだから、どの解釈も正しいといえる。

ただ、文脈なしで、「転がる石に苔は生えない」だけ抜き出すと、解釈は分かれるだろう。恐らく、僕の世代は否定の解釈と捉える人が多いのではないだろうか。

さて・・・

ことわざの解釈の話題からは離れるが、文脈次第でまったく反対の意味になることばの例を挙げて、このノオトを閉めたいと思う。

同じような例を挙げればきりがないが、一例として「こうてん」がある。

音を聞いただけでは、「好天」であるのか、「荒天」であるのかの判断はできない。文脈次第である。

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2019年8月19日 (月)

「一転」の使い方の違和感

統合型リゾート(Integrated Resort;IR)とその中心的関心としてのカジノの誘致に関するきょう(2019年8月19日)の報道の表現に違和感を覚える。

それは、内容の問題ではなく、日本語の用法についてである。

「横浜市が、白紙から一転、誘致へ」における「一転」には違和感を覚える。

「白紙」は「中立」である。
だから、その新たな内容が「拒否」であっても「推進」であっても、「中立」からの変化に過ぎない。

「拒否」から「推進」あるいはその逆であれば、それはまさに「一転」であるが、今回の場合は「急転」などの方が相応しいだろう。

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2019年7月25日 (木)

「和製英語」はおかしな表現である

「和製英語」を日本語として素直に解釈すると「和製の英語」となる。

つまり、「作られたのは日本だが、英語である」という意味であると捉えるのが自然である。

しかし、実際の意味は、国語辞典で「日本で、英語の単語をもとに、英語らしく作った語。」と説明されているとおり、「英語のようだが英語として通じない、日本でのみ通じる語」である。

「電気自動車」が「電気で動く自動車」、つまり特定の方式の「自動車」であるように、あるいは、「携帯電話」が「携帯可能な電話」、つまり特定の利用形態が可能な「電話」であるように、「和製英語」を自然に解釈すれば、「日本で作られた英語」、つまり特定の文化内で作られた「英語」であるはずである。

には、「英語風日本語」とでも表現するの方がいいように思う。

※このほかの「おかしな表現」については、「ノオト:加速度的に」や「ノオト:「難易度が高い」は無意味な表現」も参照してください。

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2019年7月21日 (日)

電車の車内アナウンスの声の調子への要望と、速やかな反映

JRに女性の車掌さんが登場して久しい(10年くらい?)。

が最初に女性の車掌さんを目にし、アナウンスを耳にしたのはJR東日本「山手線」であったと記憶している。

その当時は、男性の職種に女性が進出したという新規な感覚があったが、今では、当たり前の光景となった。
僕は日常的に利用しているわけではないので、時折利用する者としての漠然とした認識だが、山手線の車掌さんの人数に男性と女性の差がないのではないだろうか?

さて、このように現在では、「女性の」と付けるまでもないほど自然な女性車掌さんだが、当初はアナウンスに違和感を覚えた。
その違和感は、男性の声が女性の声に変わったということではなく、現在でも日本社会の各方面で活躍する女性専任のアナウンスの影響を大きく引きずっていたからである。

文章だけで表現するのが難しいが、デパートの館内放送をイメージしてもらうのがいいと思う。
句読点のたびに(=言葉の句切りごとに)、のどを大きく振動させるような話し方である。

何十年もの間、そのようなアナウンスを耳にしてきた者として、デパートなどの館内放送では特に気になることはなかったが、それと同様の話し方で電車の車内アナウンスを聞いたときには、おおいに違和感を覚えた。
その話し方は電車の車内アナウンスにはそぐわないと感じた。

そのように感じていたのは僕だけではなかったようで、恐らく要望(フィードバックあるいはクレーム)があったのだろう、数か月後には、山手線では、そのような話し方の車掌さんはいなくなった。

山手線で車掌さんが男性だけだった時代が過去の記憶となった現在、JR東日本のローカル線の特急でも女性の車掌さんを見るようになった。
そして、アナウンスを聞くようになった。

残念ながら、歴史は繰り返された。
山手線で初期の女性車掌さんの話し方のアナウンスをする方が気になって落ち着かなかった。

建設的フィードバッカー[註*]を自認する僕は、Webから投書した。

[註*]これまで、「建設的クレーマー」という表現を用いてきたが、今回、試みにこのことば(feedback + er = feedbacker)を使ってみた。思いつきで書いたことばであって、手元の辞書には載っていないから、僕の勝手な造語かと思ったが、Web検索してみたところ、少数派ではあるが、これと同じ意味の解説もある。

投書から2週間後に、同じ(と思われる)車掌さんが担当する特急列車に乗ったところ、聞きやすいアナウンスに変わっていた。
意識して話し方を調整している感じがして、負担をかけてしまい申し訳ない気持ちも湧いたが、ローカル線でも、男女の区別なく「車掌さん」として溶け込む先導者になっていただきたいと思う。

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2019年7月13日 (土)

「フツーに」の意味は、「そうじゃなくて」か?

大学生の会話を耳にした。

(帰りを急いでいる友だちに向かって)「バイト?」
「いや、 フツーに用事」

これを聞いて、は心の声で突っ込んだ。
「バイト」の方が普通で、用事がある方が特別だろうと。

だから、

(帰りを急いでいる友だちに向かって)「用事?」
「いや、 フツーにバイト」

というやりとりもありえると思った。

となると、そのやりとりは、「きょうに限って△△というわけではなく、いつも通り普通に○○」という意味ではなさそうだ。

恐らく、この「フツーに」は、「そうじゃないんだ○○なんだ」というための「そうじゃないんだ」、つまり「そうじゃなくて」という意味なのだろう。

問いかけに答える側の心理は、「別に、特別な何かがあるからみんなと一緒の行動をしないんじゃなくて、自分としては何ら特別なことではなくて普通のことなんだけど、用事があるから先に帰らせてもらうね。」ということなのだろう。

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2019年7月 2日 (火)

JR常磐線特急:車内の詳しすぎる英語アナウンス

過ぎたるは及ばざるがごとしというように、仮に正確さが犠牲になり、厳密にいえば間違いや嘘になるかもしれないが、ほどほどの方が分かりやすいことが多々ある。

ノオト:【抜け道を探す楽しみ】「タッチしてください」でも、タッチせずにすませてみる》で述べたことも、この発想に通じると思う。

さて、これはJRに限ったことではなく、また、常磐線に限った話しでもないとは思うが、例として、がよく利用するJR常磐線特急の車内の英語アナウンスについて述べたい。

結論を言えば、正確で詳しすぎて、恐らく日本に馴染みのない外国人には聞き流されているのではないかと=スルーされているのではないかと=思うことがある。

それは、水戸駅の手前で流れる車内アナウンスでの、乗り換えの案内に出てくる "Kashima-Rinkai-Tetsudo Oarai-Kashima Line" である。
日本語での名称「鹿島臨海鉄道大洗鹿島線(かしまりんかいてつどうおおあらいかしません)」を忠実に英訳(?)したものであるが、詳しすぎて分かりにくいと思う。
"Kashima Line" くらいで十分ではないだろうか。

水戸駅の隣の勝田駅の手前でも、 "Kashima-Rinkai-Tetsudo Oarai-Kashima Line" には及ばないものの、なかなかに詳しすぎるアナウンスがある。
”Hitachinaka-Kaihin-Tetsudo Minato Line" である。
日本語では「ひたちなか海浜鉄道湊線(ひたちなかかいひんてつどうみなとせん)」である。
これも、"Minato Line" くらいで十分ではないだろうか。

日本語の分かる人であっても、「かしまりんかいてつどうおおあらいかしません」や「ひたちなかかいひんてつどうみなとせん」は、馴染みのない人には無用に長いと思うから、日本語が分からず英語で聞き取る必要のある人にとってはなおさら、詳しすぎて用を為していないのではないかと危惧している。

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2019年6月10日 (月)

「幸せ、ああ」か、それとも「ああ、幸せ」か

Kirinitibansiboriaasiawase_trimmed1年以上前から、ビール「キリン 新・一番搾り」のポスターに違和感を覚えていた。

ここで紹介したいと思いつつも、そうせずにいたから、そろそろ、の感じた違和感も賞味期限を過ぎてしまったかな、と思った。

しかし、まだ、僕が違和感を覚えたポイントは変わっていなかった。

画像[クリックで拡大]は、つい先日の写真である。

みなさんは、ポスターに書かれている「ことば」、モデルさんの背後に筆書きで書かれている4文字の「ことば」、を何と読むでしょうか。

僕は「幸せ、ああ」と読んでしまう。ポスターの意図としては「ああ、幸せ。」なのだが…。

僕がそう読んでしまう理由を分析すると、縦書きだから右の行から左の行へという無意識の判断があるのだと思う。

だから、自然に読めるポスターとするには、現状の

 あ  幸
 あ  せ。

ではなく、

 幸  あ
 せ  あ

とする方がいいと思う。

《修正:画像をトリミング:2019-08-21》当初使用していた画像は、意図が伝わりにくかったため、注目領域だけをトリミングした(切り取った)画像に差し替えた。

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2019年4月16日 (火)

ことばを真に受けてはいけない:「きょうは気温上がりません」

のメモにあるのは2017年11月17日だが、この手の表現は、いつでも、そこかしこで聞く(見る)ことができると思う。

この、厳しくいえば嘘となることばを聞き、嘘とは捉えずに真意を汲むことができるのには、「ノオト:不可能?それとも禁止?」と共通する部分があるかもしれない。

「きょうは気温上がりません。」と言っているが、上がらないわけではなく、あまり上がらないだけである。

その時点で10℃、予想最高気温14℃の日の、朝7時台の気象情報にて。

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2019年2月19日 (火)

ひとつだけ違う

●ひとつだけ違う(その1)
プロ野球12球団のうち、ひとつだけ他と異なる球団がある。
それは広島である。
なぜなら、広島だけ、球団の英語名が「s」で終わらない。
耳学問によれば、広島の英語名が Carps だったことがあるそうだが、現在では Carp である。

●ひとつだけ違う(その2)
都道府県名は、「茨城県」を「茨城」、「東京都」を「東京」というように、都府県抜きで呼ばれることも多い。
ただ、「北海道」だけは「北海」とは呼ばれない。

●ひとつだけ違う(その3)
都道府県名の最初の漢字の読みが3音節なのは茨城県のみである。
他は1音節か2音節である。
そのためか、本来は「いばら」+「き」なのだから、たとえば
 「茨城交通」→「茨交」→「いばらこう」
であるのが論理的だが、実際は
 「いばこう」
である。
かく言うも、子どもの頃は「いば」+「らき」だと思い込んでいた。

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2018年12月22日 (土)

読み取り専用なのに書き込み可能!?——スマホの性能表示にショック

最近、スマートフォンの性能表示に戸惑い、そして、その意味を知りショックを受けた。

(ざっくりと言えば)各大学にコンピューターが1台ずつしかなかった時代、つまりパソコンが存在しなかった時代に最初にコンピューターに接したの頭に、長年にわたり深く刻まれており、まったく更新していなかったことばの意味が、いつの間にか変化していたのを知りショックを受けた。

家電量販店で見た、Androidスマートフォンの「ROM」のことである。

僕の認識は、広辞苑(第7版)でも説明されているとおり、「(read only memory)読み出し専用の記憶装置。書き換える必要のないデータを保存するために用いる。」であった。
だから、読み出し専用の(つまり写真などを保存することのできない)メモリーが32GBもあるってどういうこと?と戸惑ったのだ。

インターネット検索で調べてみると、どうも、その「ROM」は「データ容量」を表わすようなのだ。

〈解説記事の例〉

つまり、パソコンでいう「メモリー 8GB、ディスク容量 512GB」の「ディスク容量」に相当する部分を、Androidスマートフォンでは「ROM」と表現しているようだ(ちなみに、パソコンの「メモリー」は、Androidスマートフォンでは「RAM」と表現されている)。

ことばの意味は時とともに変化することを思い知らされたできごとであった・・・・・と同時に、上に引用した記事にも書かれているように、データ容量をROMと表現するのは日本ローカルのようであるから、文字通りの意味との矛盾を解消し、ことばの信頼性を維持するためにも、別の表現を考えてもらいたいとも思う。

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