日常

2017年4月 4日 (火)

目の前にあっても、意識しないと…

オトナになってからは少々変わって、そうでもない場合が増えてはきたが、は元来、モノを使い始める前にマニュアルを熟読するタイプである。

十代の頃は、辞書を買うとまず、記号や略号の説明をはじめとする説明部に、ひと通り目を通した。
アラハーからアラ還への中継地点に達した現在では、ややせっかちに目的に向かって直進する傾向が強くなったものの、今の車に乗り始めたときにはマニュアル(取扱説明書)の隅々まで目を通した・・・・付箋を貼りながら。

それなのに、つい最近になって、無線キーに付いている3つ目のボタンの機能がやっと把握できた。
付箋を貼りながらマニュアルを読んだにもかかわらず、である。そして、今の車に乗り始めてから、あと数ヶ月で4年になるにもかかわらず、である。

無線キーの3つのボタンは、1つ目は「ドアロック」、2つ目は「ドアロック解除」、そして3つ目は「トランクのロック解除」と理解していた。
3つ目の機能は、面白いが、便利な機能には思えず、まったく活用していなかった。

ところが、3つ目のトランクのロック解除は大変に便利な機能であることが分かった。

ドアロック状態にかかわらず、そのボタンを押すと、トランクのロックを解除するだけでなく、トランクの固定まで解除され、トランクドアが少し浮いた状態になるのだ。

トランクへの荷物の出し入れが大変にしやすくなるこの機能は、今後頻繁に活用したい機能である。

さてさて、最後に、今の車に乗り始めて1年後に気づいたことに触れておこう。

それは、トランクにもシガーソケットがついていることである。
僕の車生活では使用する機会はなさそうではあるが、気づいた当時は、1年も気づかなかった自分が可笑しかった。
(今回の3つ目のボタンは、それをはるかに上回る可笑しさであったから、シガーソケットの件は影が薄くなってしまったが…。)

まとめると、目の前にあるものに気づけるかどうかは自分次第ということだ。

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2016年9月 2日 (金)

文明の利器に潜む危険:トイレのハンドドライヤー

Jetairdryer1Jetairdryer2写真(クリックで拡大)は,カナダのトイレに設置されていたハンドドライヤーである(2016年7月).
(【余談】米国では公共の場のトイレを restroom というのが一般的だが,カナダでは washroom だった.)

最初に見たとき,すぐにはハンドドライヤーだとは分からなかった.
"dyson" のロゴに気づいて,ハンドドライヤーらしいと推測でき,興味津々で手を近づけたら,これまで体験したことのない,鋭く切れのいい風が,手の水滴をたちどころに拭い去ってくれた.

現在,日本で一般的なハンドドライヤーは,半開放型である.
上記の開放型が水滴を空間に吹き飛ばすのに対し,半開放型は吹き飛ばした水滴を受ける---ことを意図した---構造になっている.
半開放型には主に2つのタイプがあると認識している.

〈タイプ1〉
 ・手のひらが手前になるように,上から手を入れる.
 ・風が前後から出る.
 ・上下左右奥手前の6面のうち,上面と左右面が開いている.
〈タイプ2〉
 ・手を水平に,横から入れる.
 ・風が上から下に出る.手のひらの向きを上下に変えることで,手のひらと手の甲の水滴を吹き飛ばす.
 ・上下左右奥手前の6面のうち,手前面と左右面が開いている.

各タイプについて,が考える特徴は次の通りである.
(1) タイプ1よりもタイプ2の方が概して風が強力で,水滴がよく落ちる.
(2) タイプ1よりもタイプ2の方が,ドライヤー内壁部に手が触れてしまうことが少ない.
(3) タイプ1の方がタイプ2よりも,水滴が顔に飛んでくることが少ない.(タイプ1は腰の高さに,タイプ2は肩から胸の高さに設置されている.)

特徴(2)は,雑菌が付いているかもしれない内壁に触れてしまうことにより,折角きれいにするつもりがかえって雑菌をもらってしまう可能性に関係する.
特徴(3)は,雑菌が付いているかもしれない内壁から,雑菌が風で飛ばされてくるとか,自分の手から吹き飛ばされた水滴が内壁に当たり,壁に付いているかもしれない雑菌を伴って顔に飛んでくる可能性に関係する.

僕は潔癖症ではない---と自分では思っている---が,無用な感染は避けたいと思っている.
(【参考】「ノオト:コンビニレジのタッチパネル」)

だから,近年上記特徴(2)と(3)に対する意識が強くなった僕は,ハンドドライヤーがあっても使わないことの方が多い.

その点,カナダで巡り会ったダイソンのハンドドライヤーは,吹き飛ばした水滴を受けるという日本的発想(?)とは無縁な分,強力で,薄く,鋭い風で空間に水滴を霧散させるから,ドライヤー内壁に付いているかもしれない雑菌を気にすることがなく,気持ちよく使うことができた.

しかし!

ここには落とし穴があることを知った.

同様の記事がたくさんあるが,その一例として,"How Jet Hand Dryers Make Public Restrooms Even More Gross Than They Already Are"(公共の場のトイレのハンドドライヤーがトイレの衛生状況を悪化させること) を挙げておく.

要するに,ハンドドライヤーの強い風によって,手に付いた雑菌のみならず,空気中の雑菌がトイレ中に拡散し,衛生状況を大きく悪化させる可能性があるというのだ.

何事にも前提条件があるから,だからといってハンドドライヤーは使ってはいけないものであると直ちに結論づけることはできないが,一見した便利さに手放しで喜んでしまった僕にとって,教訓的な経験である.

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2015年12月 5日 (土)

潜在危険デザイン,その後

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2009年12月4日の「ノオト:潜在危険デザイン」で,運動錯視(動きがないにもかかわらず動きがあるように見える錯覚)によって自動車ウインカーの指し示す方向を誤認識する可能性があることを述べた.

その後しばらくの間は,その考えをただ温めていたが,2013年春に,自動車業界関係者が集まる大規模な研究集会で発表し,潜在的危険性を訴えた.しかし,ただ理論的可能性を述べただけの主張は,多くの聴衆の心には響かなかったように思えた.

反応の悪さに発奮したは,すぐに,研究室の学生とともに,僕の主張の正誤を検証する実験を始めた.自動車後部を単純化したアニメーションをパソコンのディスプレイに次々と表示し,ウインカーの指し示す方向をできるだけ早く回答してもらう心理実験である.

実験の結果,僕の主張を裏付ける結果が得られたので,2014年春に,実験結果を携えて2013年春と同じ研究集会に臨んだ.実験結果を示したことで,前の発表よりは関心を持つ人は増えたようだが,反応のほとんどは実験の設定や方法に対する問題点の指摘であって,手応えはなかった.

とはいえ,ともかくも,ある状況の下ではウインカー誤認識の率が高まる,つまり,潜在的に事故の危険性が高まるという結果が得られたので,研究成果を改めて整理して学術雑誌に投稿することにした.査読者(=匿名の論文審査者)からの指摘とそれへの対応の数か月を経て,論文が採択され,さらに数か月を経た2015年11月に論文が公開された(参考までに,この辺りの時間経過は工学系論文の平均的な流れであろう).

【論文情報とPDF】
指示方向の判断エラーを誘発する恐れのある自動車方向指示器について, 電子情報通信学会論文誌 Vol.J98-D, No.11, pp.1402-1410 (Nov. 2015). DOI:10.14923/transinfj.2015JDP7013
[論文PDF]
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2015年9月 5日 (土)

コンビニ蕎麦のネギについて…逆効果であることを知った

の職場は,普通ゴミの回収は週に2回である.
[職場のある地域のゴミ回収事情についてはこちらを参照]

研究室から出るゴミは,各研究室が,回収日にゴミ集積所に出すことになっている.

学生居室のゴミは学生に任せ,僕自身のゴミは自分で出している.だから,ゴミ袋があっという間に一杯になる学生居室とは違って,僕のゴミはゆっくりとたまってゆく.

僕のゴミ袋が一杯になるには2週間以上かかるから,僕がゴミを出すのは3週間に一度くらいである.

さて,特に夏場は,僕は昼食用にコンビニでそばや,そうめんや,うどんを買ってくることが多い.それら麺類には薬味のネギが付いてくる.

ネギは好きなのだが,口がネギ臭くなることによる対人的問題もさることながら,自分自身としても,ネギを食べた後は口の中が少し気持ち悪くなるからと,昼食のコンビニそばのネギは食べないという習慣を続けてきた.長年の間.

僕がゴミを出す頻度と関係して問題となったのは,コンビニそばを食べた次の日の出勤時に部屋を開けるとネギの匂いが部屋に漂っており,数日間は匂いが取れないことであった.

そこで僕が取った対応は,ネギをレジ袋に入れて,袋をよくしばることであった.しかし,ネギの匂いは強烈なもので,それくらいではほとんど効果がなかった.

ここまでやってダメなのだからと,あきらめて1〜2年が経った.

長い間我慢していると,ある時にふと,状況を改善してみようと思い立つものだ(事実,それまではネギをそのままゴミ袋に入れていたのを,レジ袋に入れてから入れようと思ったのも同じことである.).

コンビニそばのネギは,ほんのひとつまみである.それならば,食べてしまって,いつもよりよく歯みがきすればいいんじゃないか,と思った・・・・やっと!

それで分かった.人間というバイオ・マシン(生物機械)が何と優れていることかと.

それ以来,ネギの匂いが部屋に漂う不快を味わうことがなくなった.

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2015年9月 3日 (木)

若者の挨拶に覚える違和感

昼でも夜でも「おはようございます」,今日も一日がんばろうという気持ちの朝でも「おつかれさまです」.

違和感を覚えるが,挨拶がないよりはずっといい.

こんな風に思うは,現在35歳である・・・・ただし16進数表記で.

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2013年10月12日 (土)

嘘も方便

あまのじゃくは,扉に「引」と書いてあっても押してみることが多い.

それは,それが構造上引かなければ開かないことの説明なのか,それとも,引いても押しても開くのだが,利用者の混乱を避けるためのお願いなのか区別したい(突き止めたい)からである.
後者は,出る人と入る人が扉の両側から同時に押したりすると混乱するから,片側には「押」,もう片側には「引」と書いてあるということである.これは,階段に掲示された「左側通行」と同じ意味を持つ.
つまり,左右どちら側を歩いても構わないのだが,すれ違う歩行者がぶつかったりせず,円滑に人が流れるようにするためのお願いである.

今回は自動ドアについての話である.

自動ドアには,ドアの前に立つだけで開くタイプ以外に,ドアに取り付けられている縦長のスイッチを押すタイプ,あるいは,ドアに「触れて下さい」と書かれた表示が貼ってあるタイプがある.
触れるタイプには,スイッチはなく,「触れて下さい」の表示に触れるだけでよい.

スイッチタイプ,触れるタイプのどちらも,人通りの多い場所に使われる.
すなわち,ドアを通過したい人以外にもドアの前に人が来る場合が多く,不必要にドアが開くのを避けたい場合に使われる.
(単にドアの前を通過しただけでは開かずに,入りたい人が来た場合だけドアが開く自動ドアについては,ノオト「考えもしなかった自動ドア」を参照.)

触れるタイプは,僕がよく利用する特急列車の車内に使われている.
ドアの前に立つだけで開くタイプが使われている列車だと,最前列通路側の人が足を動かしただけでドアが開いたり,電話をするためにデッキにいる人に反応して開いたりと,不必要な開閉が多い.
その点,触れるタイプならばそのような不必要な開閉が発生しない.

この触れるタイプの自動ドアに対して僕が以前から取っていた行動は,触れずに開けることである.

説明を簡単にするために「触れて下さい」と書いているのだろうが,近づければ開くはずだと思ったのが最初である.
案の定,触れなくても,手を表示から5ミリ程度に近づければ開いた.
(ただし,揺れる電車内で,触れずして確実に開けるためには,ちょっとしたコツがいる.)

この「触れて下さい」は,嘘も方便の一例である.
もしも「この表示の付近に手を近づけて下さい.ただし,近づけ方次第では開かないことがありますので,あらかじめ了承下さい.」などと説明されていたとしたら,説明としては正しいのだが,それでは要領を得ないから,方便の嘘をつくのである.

以上で今回の話にけりをつけたいところだが,続きがある.

触れるタイプの自動ドアに触れずして開けることに熟練し,苦もなく触れずにドアを開けられるようになった頃,ふと,人の手の検知方法について考えた.
はじめは,「触れて下さい」の表示部に,スマートフォンのタッチパネルと同じ静電容量センサーが付いているのだと考えた.
指でタッチパネルに触れたり,指をタッチパネルに近づけるとタッチパネルの電気的性質に変化が生じ,それを元にタッチが検出されるのだが,それと同じ原理だと考えた.

しかし,落ち着いて見てみると簡単に分かるのだが,静電容量センサーではなかった.

それは,赤外線センサーである(赤外線以外の光かもしれないが,間違いなく光センサーである).
自動ドアの表面すれすれのところを赤外線が走っていて,その赤外線が手でさえぎられるとドアが反応するのである.

電車内でも,店舗でも,触れるタイプの自動ドアの左右には直径数ミリの穴が付いている.
一方の穴から赤外線が出ており,もう一方の穴にセンサーが埋め込まれている.

ここから分かることは,触れる位置は,「触れて下さい」の表示の位置である必要はないということだ.
左右の穴を結ぶ線上ならどこでもよい(表示と同じ高さならどこでもよい)のだ.

ここで,もうひとつの,方便としての嘘に触れる必要がある.
確かに「触れて下さい」表示の位置でなくて構わないのだが,触れる場所によっては指が挟まれる危険がある.
表示の位置の正反対(ドアが引き込まれる側)に触れると,触れ方やタイミングによっては指が引き込まれる危険がある.

今回の話をまとめると,触れるタイプの自動ドアには,…

●手を触れなくてもよいのだが,説明を簡単にするために「触れて下さい」と表示.
●触れる場所は,左右の穴を結ぶ線上であればドアの左端から右端までのどこでもよいのだが,安全性を確保するために触れる場所を指定.

…これら2つの,方便としての嘘が使われている.

最後に,今の僕がどのような方法で列車内の触れるタイプの自動ドアを開けているかといえば,上述の穴をふさぐように1本または2本の指をかざしている.

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2013年3月28日 (木)

潜在危険デザイン (その後)

ノオト「潜在危険デザイン」で,潜在的に危険な自動車のデザインについて述べた.そして,「しかるべき組織に報告してみようと思う」とも書いた.2009年12月4日のことである.

その後もずっと,そのことは頭の片隅に残っていて,時折思い出しては人に話してみたり,危険性を訴えるルートを探るなどした.

思い続けた甲斐があって,やっとの危惧を世間に問う機会が訪れる.それは,自動車技術会・2013年春季大会である.

参加するのは初めてだが,自動車業界の人々が集うこの会で発表すれば,僕の長年のモヤモヤをスッキリさせるきっかけとなるに違いない.

僕の発表タイトルは「進路変更方向の判断エラーを誘発する恐れのある方向指示器について」である.

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2012年11月23日 (金)

コンビニレジのタッチパネル

は「ノオト:インフルエンザ対策!?」に書いたことを今でも継続しているが,自分では潔癖症ではないと思っている.単に,さもなければ手に付けないで済むウィルス類を遠ざけたいと思っているだけである.

そのような僕が最近イヤに思っているのは,コンビニのレジでタッチパネルをタッチさせられることである.

基本は責任問題の回避であろうから,顧客サービスとは別の話かもしれないが,以前はなかったことが増えると面倒に感じてしまうことに加え,できるだけ不特定多数が触るものに触れたくないと思う僕にはイヤなことである.

振り込みの際の確認ボタンはまだいいが,アルコールを購入すると年齢確認ボタンを客にタッチさせるのはどうかと思う.アラハーのこの僕にも,おじいちゃんにも年齢確認タッチさせるのは失礼の一歩手前である.

意地悪な見方をすれば,アルコールを購入したのが未成年であっても,本人がタッチしてそう申告したから店には責任がないということができるシステムである.トラブルの回避には便利なシステムなのだろう.

この年齢確認ボタンよりも更に不条理を感じるのが,Suicaボタンである.

ファミリーマートでは,Suica専用読み取り機が設置されているから,会計時に「スイカで!」と言えば,タッチ,ピッでおしまいでスッキリしているが,(僕の知る限りにおいて)その他のコンビニでは面倒なタッチが追加になる.

「スイカで!」と言ってICカード読み取り台にSuicaを載せると,タッチパネルディスプレイにSuicaボタンが現われる.ボタンはひとつしかなく,そのボタンを押すか押さないかだけの問題である.「スイカで!」と言っているのに,「確認の上タッチをお願いします」と言われてタッチするのは,面倒きわまりない.

ミニストップでは,ファミリーマートと違ってSuica専用読み取り機はないが,Suicaボタンタッチ操作は店員がしてくれる(ことが多い).ミニストップではあっても客にタッチさせる店や,同じ店でも客にタッチさせる店員もいるから,マニュアルで決まっていることではないようだ.
(ひょっとして,実は必ず客にタッチさせなければならないのに,客のためにとルールを曲げて店員の方でタッチしてくれているのだとしたら,僕には最高のサービスではあっても,そのことで責められることになっては申し訳ない.だから,詳細は伏せておくことにする.)

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2012年10月28日 (日)

使いやすいことの弊害!?

Humanbeingはモノの使いやすさを研究テーマのひとつにしている.つまり,モノの使いにくい点を改善しようという研究である.

しかし同時に,不便さを大事にしたいという気持ちも強い.これは,子どもや若者なら,不便を糧に経験を積んで欲しいと思うからだ.

思い返してみると,僕は不便な子ども時代,若者時代を過ごしてきた.

僕が特別に不便だったこともあるが,大半はその時代ゆえの不便さだったから,つらいとかイヤだとか思ったことはなかった(と記憶している).

紀元前のギリシャの著作にも「今どきの若者は…」という記述があることからも分かるように,人の世は常に変化している.だから,いつの時代にも,「今どきの若者は…」vs.「年寄りは決まって…」という構図があるのだろう.アラハーの僕からしたら,若いうちは不便さを楽しんで欲しいと思っても,今の若者も歳を重ねた後には,振り返れば昔は不便だったなーと思うのかもしれない.

前置きが長くなったが,ユニバーサルデザインやバリアフリーもいいことばかりではないことを述べたかった.
(ユニバーサルデザインやバリアフリーについては「ユニバーサルデザインQ&A」や「バリアフリーとユニバーサルデザインの違い」などを参照.)

ギュッと握って回さなければならないドアノブ,小さな子どもが背伸びして手を精一杯伸ばさなければ使えない水道,靴紐のある運動靴,などなど,足の先から頭のてっぺんまでたっぷり使いこなさなければならない環境も大事だと思う.動物としての人間を磨くためには,子どものうちは,使いにくいモノに囲まれた環境も必要ではないかということだ.

実は,これは子どもに限ったことではない.低くて干しやすい物干し竿ではなく,背伸びして使う物干し竿を使って毎日洗濯物を干しているという,長寿で有名なおばあさんの逸話を聞いたことがある.背伸びして洗濯物を干しているから元気なのか,それとも元気だからそれができるのかは,鶏と卵の関係であろうから,「毎日背伸び → 元気で長寿」という因果関係を断定することはできないが….

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2012年7月21日 (土)

格好悪くない方法 (その後)

「ノオト:格好悪くない方法」で紹介した,マイカーのパワーウィンドウの使い方に変化はない.

むしろ,日常的にそうしているから,大変にスムーズにできるようになった.

最近では,高速道路の料金所「一般」でも,入るときの自動発券を受け取ることはもちろん,出るときの料金所でも座ったままドアを開けて手際よく通過している.

はじめて高速道路の料金所出口で支払うときには,変な奴だと思われるんじゃないか,あるいは,それならまだしも無礼な奴だと思われやしないかと少々恐縮していた.しかし,想像するに,料金所ではもっと困った通行人が多いのだろう.窓を開けるにしては50センチほど進みすぎて停止し,ドアを開けるに,料金所の方は瞬時の戸惑いを見せることはあるが,すぐに普段の(と思われる)笑顔に戻り,金銭の授受をしてくれる.

最初のうちは,ギアをパーキングに入れ,シートベルトをはずして身を乗り出していたが,今では,ギアをドライブに入れたままブレーキを踏み,シートベルトも付けたままで対応できている.

また一段階スマートな身のこなしができるようになった自分に悦に入っている僕であった.

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