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2019年7月

2019年7月25日 (木)

「和製英語」はおかしな表現である

「和製英語」を日本語として素直に解釈すると「和製の英語」となる。

つまり、「作られたのは日本だが、英語である」という意味であると捉えるのが自然である。

しかし、実際の意味は、国語辞典で「日本で、英語の単語をもとに、英語らしく作った語。」と説明されているとおり、「英語のようだが英語として通じない、日本でのみ通じる語」である。

「電気自動車」が「電気で動く自動車」、つまり特定の方式の「自動車」であるように、あるいは、「携帯電話」が「携帯可能な電話」、つまり特定の利用形態が可能な「電話」であるように、「和製英語」を自然に解釈すれば、「日本で作られた英語」、つまり特定の文化内で作られた「英語」であるはずである。

には、「英語風日本語」とでも表現するの方がいいように思う。

※このほかの「おかしな表現」については、「ノオト:加速度的に」や「ノオト:「難易度が高い」は無意味な表現」も参照してください。

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2019年7月21日 (日)

電車の車内アナウンスの声の調子への要望と、速やかな反映

JRに女性の車掌さんが登場して久しい(10年くらい?)。

が最初に女性の車掌さんを目にし、アナウンスを耳にしたのはJR東日本「山手線」であったと記憶している。

その当時は、男性の職種に女性が進出したという新規な感覚があったが、今では、当たり前の光景となった。
僕は日常的に利用しているわけではないので、時折利用する者としての漠然とした認識だが、山手線の車掌さんの人数に男性と女性の差がないのではないだろうか?

さて、このように現在では、「女性の」と付けるまでもないほど自然な女性車掌さんだが、当初はアナウンスに違和感を覚えた。
その違和感は、男性の声が女性の声に変わったということではなく、現在でも日本社会の各方面で活躍する女性専任のアナウンスの影響を大きく引きずっていたからである。

文章だけで表現するのが難しいが、デパートの館内放送をイメージしてもらうのがいいと思う。
句読点のたびに(=言葉の句切りごとに)、のどを大きく振動させるような話し方である。

何十年もの間、そのようなアナウンスを耳にしてきた者として、デパートなどの館内放送では特に気になることはなかったが、それと同様の話し方で電車の車内アナウンスを聞いたときには、おおいに違和感を覚えた。
その話し方は電車の車内アナウンスにはそぐわないと感じた。

そのように感じていたのは僕だけではなかったようで、恐らく要望(フィードバックあるいはクレーム)があったのだろう、数か月後には、山手線では、そのような話し方の車掌さんはいなくなった。

山手線で車掌さんが男性だけだった時代が過去の記憶となった現在、JR東日本のローカル線の特急でも女性の車掌さんを見るようになった。
そして、アナウンスを聞くようになった。

残念ながら、歴史は繰り返された。
山手線で初期の女性車掌さんの話し方のアナウンスをする方が気になって落ち着かなかった。

建設的フィードバッカー[註*]を自認する僕は、Webから投書した。

[註*]これまで、「建設的クレーマー」という表現を用いてきたが、今回、試みにこのことば(feedback + er = feedbacker)を使ってみた。思いつきで書いたことばであって、手元の辞書には載っていないから、僕の勝手な造語かと思ったが、Web検索してみたところ、少数派ではあるが、これと同じ意味の解説もある。

投書から2週間後に、同じ(と思われる)車掌さんが担当する特急列車に乗ったところ、聞きやすいアナウンスに変わっていた。
意識して話し方を調整している感じがして、負担をかけてしまい申し訳ない気持ちも湧いたが、ローカル線でも、男女の区別なく「車掌さん」として溶け込む先導者になっていただきたいと思う。

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2019年7月15日 (月)

【あったらいいもの】高精細テレビ用の高機能フィルター

が普段見ているテレビは19インチで、1.5〜2メートル離れて見ているため、高精細という感覚はないから問題ない。

しかし、50インチ以上のテレビを1〜2メートルの距離で見ると、特に人の顔の汚さが目について、不快にさえ思えることがある。

だから、あったらいいなと思うものは、テレビの前に取り付けるフィルターである。

顔はソフトに(顔の汚さが目立たないように)変換し、しかし文字はぼかさずにくっきりを保つことのできるフィルターである。

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【昔した遊び】自転車サッカー

2019年6月29日(土)放送の「新・情報7daysニュースキャスター」(TBSテレビ)で紹介されていたオートバイサッカーを見て思い出した。

が小学生の頃、自転車サッカーを、よくやったなー、と。

詳しい時期は覚えていないが、恐らく1970年代前半であろう。

僕たちの自転車サッカーは、自転車に乗り、足を地面に付けずに、前輪を使ってサッカーボールを蹴る方法で行なっていた。

はずみをつけて前輪を浮かせて、前輪の後ろ(手前側)でボールをはじいてパスやシュートを打っていた。

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エスカレーターの乗り方:「片側立ち」対「両側立ち」

【関連する話題】
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ノオト:自動車運転中に、信号機のない横断歩道の手前で停止するのはマナーではなく、ルール」で紹介したルールを、は、極力、守るようにしている。

それがルール(法律)だからというだけでなく、マナーとしてもいいことだと考えているからである。歩行者優先の態度として実行すべきだと思っているからである。
(僕が徹底的な歩行者優先に触れた例としては、「ノオト:日本とバンクーバー(カナダ)の対比」を参照してください。)

これは僕の個人的な取り組みではあるが、他の車との関係抜きには実施できない。

横断歩道手前で一時停止したらクラクションを鳴らされる、というのはまだいいとして、もしもその状況で僕の後ろの車がイライラして、停止している僕を追い抜いていったりしたら、事故に結びつきかねない。

だから、主義を貫くのも時と場合を考えなければならないことを大いに踏まえつつ、横断歩道手前の一時停止を実行している。
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【本題】
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Escalator2lines横断歩道手前の一時停止よりもはるかに困難な行動は、エスカレーターの2列乗りである。
(現在、エスカレーターの乗り方の基本は、歩かない人が片側に立ち、もう一方は、歩いて昇りたい人のために空けておくという乗り方である。)

僕も長年、エスカレーターは2列乗りの方がいいと信じていることに加え、鉄道会社などから出されているメッセージが僕の行動を後押ししてくれるはずなのに、歩きたい人のために空けられている側に立ち止まって乗ることは、横断歩道手前の一時停止の50倍は難しい。

写真[クリックで拡大]のように、鉄道会社を挙げたメッセージが出されているにもかかわらず、人々から受ける暗黙のプレッシャーは強大だからである。

ここで、もしもエスカレーターの2列乗りが普及したとして、僕の考える最適な乗り方を述べておきたい。

それは、「輸送量」と「パーソナルスペース」と「安全」を考え合わせた、「1段にひとりずつ、左右交互に立つ」である。
前後には1段の空きがあるが、左右には誰もいない、ジグザグな乗り方である。
ここでは「安全」についてのみコメントしておく。
もしも前後を空けずに乗ると、降り口で誰かが何らかの理由で歩行が滞った場合に、後ろの人たちが詰まってしまい、将棋倒しになるなどして危険だからである。
前後に1段の空きがあれば、そのような事態でも事故を回避できる可能性が高まる。

〈参考〉僕の考えとは異なる部分もありますが、次の記事を紹介しておきます。
 日経電子版・NIKKEI STYLE「エスカレーター、なぜ両側立ちは普及しないのか?
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【近い将来】自動運転中の車内で…?

ノオト:近い将来の自動車後部のステッカー?」では、自動車ステッカー "Baby in Car" の将来形(かもしれないもの)について述べた。

それとは違って、単なる「ことば遊び」に近いが、これも、ある意味で将来形の要素のあるステッカーかもしれない。

"Lazy in Car"(車内でだらだらしています)

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2019年7月13日 (土)

「フツーに」の意味は、「そうじゃなくて」か?

大学生の会話を耳にした。

(帰りを急いでいる友だちに向かって)「バイト?」
「いや、 フツーに用事」

これを聞いて、は心の声で突っ込んだ。
「バイト」の方が普通で、用事がある方が特別だろうと。

だから、

(帰りを急いでいる友だちに向かって)「用事?」
「いや、 フツーにバイト」

というやりとりもありえると思った。

となると、そのやりとりは、「きょうに限って△△というわけではなく、いつも通り普通に○○」という意味ではなさそうだ。

恐らく、この「フツーに」は、「そうじゃないんだ○○なんだ」というための「そうじゃないんだ」、つまり「そうじゃなくて」という意味なのだろう。

問いかけに答える側の心理は、「別に、特別な何かがあるからみんなと一緒の行動をしないんじゃなくて、自分としては何ら特別なことではなくて普通のことなんだけど、用事があるから先に帰らせてもらうね。」ということなのだろう。

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【あったらいいもの】スローなメールアプリ

メール送信操作をしても、一定時間は実際には送信しないアプリ、あるいは、メールアプリの設定オプションがあったらいいと思う。

人は、何か行動する前に十分確認しても問題に気づかず、行動を実行した途端に問題に気づくことがある。

メール送信操作をした途端に添付ファイルを付け忘れていたことに気づくことは、その例のひとつである。

以前(10〜20年前?)は、メールを送信しても相手が読むまでは取り消しが可能なサービスが(@niftyなどで)提供されていたが、現在ではそのようなサービスはなさそうである。

この、一定時間は実際には送信しないメールアプリのアイデアは、書籍「スローネット」(通販サイトAmazonへのリンクはこちら)で述べられている著者の考えに一部影響されたアイデアであるとともに、書籍「時間術大全 人生が本当に変わる87の時間ワザ」(通販サイトAmazonへのリンクはこちら)で触れられている観点でもある。

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2019年7月 5日 (金)

ここは何号車?(数字の混雑)

Confusingnumbersは、小田急ロマンスカーを、座席のリクライニングの角度の点で高く評価している。

「ノオト:リクライニングの角度」や「ノオト:電車で座席を倒すときの、声がけの必要性について」に、その高評価の理由を説明してある。

その高評価とは裏腹に、最新型のロマンスカー(GSE=70000形=)には、今のところ2つの難点があると考えている。

難点を述べる前に、GSEの良い点を挙げておこう。

デザインに凝りすぎて網棚空間(荷物載せ)が狭くて使いにくいVSEとは違って、網棚空間が広いこと、そして、フックが充実していて手荷物の収まりがいいこと、更には、各座席の肘掛けに電源コンセントが設置されていることなど、優れた点が多い。

そのように良い点が多いからこそ、難点が際立ってしまうと言うこともできるだろう。

1点目は、建設的クレーマー(=建設的提案をする人)を自負する僕が、公式Webサイトの問い合わせフォームで提示した問題である。

それは、ロマンスカー車内で使えるWi-FiのためのQRコードが読み取れないことである。
僕だけではなく、恐らく、誰も読み取れないと思うQRコードがすべての座席に貼られている。
機能しないQRコードは、はがして欲しいと思うのだが、提案からすぐに実質的に受領確認の回答はあったものの、QRコード読み取りの可否について試してもらえたかどうかの回答はないままである。
Wi-FiのためのURLはさほど長くはないから、URLの直打ちでも苦ではないが、機能しないQRコードが、数百もの全座席に貼り付けられているのが理不尽だと思うのである。

2点目は、上の写真[クリックで拡大]についてである。

今いるのが何号車であるのかを、瞬時に判断することが難しい。写真では、いまいるのは3号車なのだが、「4」が目立ちすぎて、現在車両を4号車と勘違いしそうである。

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2019年7月 2日 (火)

JR常磐線特急:車内の詳しすぎる英語アナウンス

過ぎたるは及ばざるがごとしというように、仮に正確さが犠牲になり、厳密にいえば間違いや嘘になるかもしれないが、ほどほどの方が分かりやすいことが多々ある。

ノオト:【抜け道を探す楽しみ】「タッチしてください」でも、タッチせずにすませてみる》で述べたことも、この発想に通じると思う。

さて、これはJRに限ったことではなく、また、常磐線に限った話しでもないとは思うが、例として、がよく利用するJR常磐線特急の車内の英語アナウンスについて述べたい。

結論を言えば、正確で詳しすぎて、恐らく日本に馴染みのない外国人には聞き流されているのではないかと=スルーされているのではないかと=思うことがある。

それは、水戸駅の手前で流れる車内アナウンスでの、乗り換えの案内に出てくる "Kashima-Rinkai-Tetsudo Oarai-Kashima Line" である。
日本語での名称「鹿島臨海鉄道大洗鹿島線(かしまりんかいてつどうおおあらいかしません)」を忠実に英訳(?)したものであるが、詳しすぎて分かりにくいと思う。
"Kashima Line" くらいで十分ではないだろうか。

水戸駅の隣の勝田駅の手前でも、 "Kashima-Rinkai-Tetsudo Oarai-Kashima Line" には及ばないものの、なかなかに詳しすぎるアナウンスがある。
”Hitachinaka-Kaihin-Tetsudo Minato Line" である。
日本語では「ひたちなか海浜鉄道湊線(ひたちなかかいひんてつどうみなとせん)」である。
これも、"Minato Line" くらいで十分ではないだろうか。

日本語の分かる人であっても、「かしまりんかいてつどうおおあらいかしません」や「ひたちなかかいひんてつどうみなとせん」は、馴染みのない人には無用に長いと思うから、日本語が分からず英語で聞き取る必要のある人にとってはなおさら、詳しすぎて用を為していないのではないかと危惧している。

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