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2019年6月

2019年6月30日 (日)

【抜け道を探す楽しみ】「タッチしてください」でも、タッチせずにすませてみる

はあまのじゃく(天の邪鬼)を自認している。

また、あまのじゃくの延長として、「○○してください」となっていても、そうせずに同じ結果が得られる抜け道を探すことにチャレンジしている。

ノオト:嘘も方便」でも述べた、「引く」と表示されているドアを押して開けてみる(開くかどうか確認する)ことも、抜け道を探すチャレンジのひとつである。

「タッチしてください」で真っ先に思いつくのは交通系ICカード(Suica、PASMO、…)であろう。

これについては、ICカード機能が組み込まれたスマートフォンや Apple Watch が登場して以来、タッチしなくていいという認識が広まっていると思う。

カード単体や、カードが入ったケースならば、自動改札機にタッチすることに抵抗はないだろうが、スマホや Apple Watch を自動改札機にパシッと当てるのは抵抗があるだろうと思うからである(僕はまだカード型の交通系ICカードを使っている)。

実際、当てる(タッチする)必要はなく、近づければよい。

スマホや Apple Watch にICカード機能が付くようになったからそうなったのではなく、元々、ICカードは近づければ反応するようにできていたのである。

「タッチしてください」と説明する方が、「近づけてください」と言うより伝わりやすいから、そう言っているだけなのだ。

「近づけて」と言われても、どれくらい近づけたらいいのか分からないから、説明が曖昧になるのを避けるためには、間違いのない「タッチしてください」としたのに違いない。

「近づけた」のに反応しないというトラブルやクレームを避けるためには、「タッチしてください」と言っておくのが間違いない。

僕はSuicaを使っているが、自動改札機にタッチしたことはない。

「タッチしてください」と言われているが、タッチしなくても正しく反応させることを楽しんでいるからである。

ただ、これを読んで自分もやってみようと思う人は、「怪我(ケガ)」をする恐れがあるので注意してください。

ICカードの場合は、文字通りの怪我の心配はないと言っていいが、自動改札機でチャレンジする際、下手すると読み取りに失敗して、後ろに続いて来た人に睨まれるという「事故」があり得るからである。

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自動車運転中に、信号機のない横断歩道の手前で停止するのはマナーではなく、ルール

既にの記憶が失われているから明確なことは言えないが、恐らく、運転免許を取ってから数年間は正しく理解していたのだと思う。

それは、信号機のない横断歩道を渡ろうとしている人がいる場合に、手前で一時停止しなければならないのは、ルール(法律で定められていること)だということである。

しかし、その記憶が失われてから数年前までの間、それがルールではなくマナーであると誤解していた。

実際、JAF(一般社団法人日本自動車連盟)による、2018年の全国調査によれば、信号機のない横断歩道で、渡ろうとしている人がいる場合の一時停止率は8.6%であったとのことである[詳しい説明や調査結果の詳細はこちら]。

その調査では、都道府県別の一時停止率も公表されている
最高が長野県の58.6%、最低が栃木県の0.9%である。僕が住んでいる茨城県は、魅力度ランキングでは最下位(47位)を走り続けているが、一時停止率では全国平均を上回る9.2%で、17位である。

ルールであるにもかかわらず一時停止しない自動車が多いのは、「配慮」や「行動を抑制してしまう心理」が働いていると考えられるが、この辺りについては、ここでは触れないことにする。

その代わりに、このルールを規定している法律(道路交通法 第三十八条)と、それよりも認知度の低いと思われる「道路交通法第 三十八条の二」について述べたいと思う。

まず、「道路交通法 第三十八条」には一時停止すべきことのみならず複数の観点から通行方法が記述されているが、押さえておくべきこととして、「歩行者または自転車」が対象となることを確認しておきたい。
そして、認知度の低いと思われることとして、「道路交通法第 三十八条の二」では、横断歩道が設けられていなくても、「車両等は、交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所において歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない。」ということである。

「道路交通法 第三十八条」について詳しくは、こちらを参照

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2019年6月18日 (火)

【あったらいいもの】添付忘れを教えてくれるメールアプリ

メールのやりとりで時折あるのは、ファイルを添付するつもりだったのに添付し忘れて、
「添付し忘れたため、再送信します。」
である。

自身も年に1、2回はしてしまうこのミスの発生理由にも興味があるが、メールの文面を把握して、ファイルが添付されるはずなのにされていない場合には、送信前に注意や確認をしてくれるメールアプリがあったらいいと思う。

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【あったらいいもの】目線の合うテレビ電話

スマートフォンでの自撮りの場合も同様だが、テレビ電話でも、ディスプレイに映し出される相手の目を見ると必然的にカメラ目線ではなくなる。
だから、テレビ電話ではお互い目を合わせずに会話をすることになる。
目線の合うテレビ電話システム(アプリ)があったらいいと思う。
はテレビ電話を使ったことがないのだが・・・。

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2019年6月10日 (月)

「幸せ、ああ」か、それとも「ああ、幸せ」か

Kirinitibansiboriaasiawase_trimmed1年以上前から、ビール「キリン 新・一番搾り」のポスターに違和感を覚えていた。

ここで紹介したいと思いつつも、そうせずにいたから、そろそろ、の感じた違和感も賞味期限を過ぎてしまったかな、と思った。

しかし、まだ、僕が違和感を覚えたポイントは変わっていなかった。

画像[クリックで拡大]は、つい先日の写真である。

みなさんは、ポスターに書かれている「ことば」、モデルさんの背後に筆書きで書かれている4文字の「ことば」、を何と読むでしょうか。

僕は「幸せ、ああ」と読んでしまう。ポスターの意図としては「ああ、幸せ。」なのだが…。

僕がそう読んでしまう理由を分析すると、縦書きだから右の行から左の行へという無意識の判断があるのだと思う。

だから、自然に読めるポスターとするには、現状の

 あ  幸
 あ  せ。

ではなく、

 幸  あ
 せ  あ

とする方がいいと思う。

《修正:画像をトリミング:2019-08-21》当初使用していた画像は、意図が伝わりにくかったため、注目領域だけをトリミングした(切り取った)画像に差し替えた。

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2019年6月 7日 (金)

すぐには使わないから、車の中に置きっぱなしでも大丈夫・・・・ではなかった(スマートフォンのこと)

天気のいい日の朝、職場に入ると、駐車場の車にスマホを忘れたことに気づいた。 スマホホルダーに取り付けたままにしてしまった。 ┏  このようなことが、残念ながら年に数回はある。  なぜ忘れるかについても、の中ではパターンがあり、それも興味深いが、今回は触れないことにする。 ┗ 駐車場まで取りに戻る時間がないわけではなかったが、昼休みに取りに行けばいいので、昼休みまでの数時間、そのままにしていた。 結論からいうと、取りに戻るべきだった。 昼休みになり、車に置いてあったスマホを手に取ると、「本体温度が下がるまでお待ち下さい」と表示されており、操作ができない状態になっていた。 10〜20分後には使えるようになったものの、僕は後悔した。 2013年9月から使い続けているそのスマホ(iPhone 5s)のバッテリーを、この4月に交換したばかりだからだ。 使える限り使い続けようと思っていたのに、高温でバッテリーを劣化させてしまったと、後悔した。 が、つい最近、バッテリーを劣化させてしまったことを気にしても仕方ないと思えるニュースを目にした。

とうとう、この秋(2019年の秋)に、iPhone 5s がサポート対象外となるというニュースを目にした。

iOSを最新版にできなくても、セキュリティー上の問題がなければ使い続けたいが、恐らくそうは行かないと思う。 となると、とうとう観念して、大きめiPhoneに切り替えるしかないのだろうか…。 (この秋のiOSアップデートでもサポートされる iPhone SE に乗り換えることも可能だが、サポート期間はそう長くはなさそうだ…。)

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2019年6月 3日 (月)

近い将来の自動車後部のステッカー?

Driverishuman
現在、車を運転していてよく目にするステッカーは「Baby in Car」である。
今後、自動運転の自動車が普及し始めてから、すべての自動車が自動運転車に置き換わるまでの間は、「Driver is Human」(人間が運転中)というステッカーを見るようになるかもしれない[図はクリックで拡大]。

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学説は変わる

科学的方法とは、仮説の暫定的な検証状況を共有する枠組みである。
したがって、確定した結論はないといってよい。

うさぎ跳びが運動能力を高めるためのトレーニングとしてふさわしいと考えられていたのははるか昔のことである・・・が見て経験していた程度に最近のことではあるが…。

人間は大人になったら脳細胞(ニューロン)が増えないという数十年続いた定説が覆ったとの記事を目にしたのは10数年前であるが、現在では、事実上増えないと考えられているようだ。

《追記:2019-08-18》2019年3月に、人間の大人でも海馬で脳細胞が生まれるとの論文が出ていることを知った:Nature Medicine, volume 25, pages 554-560 (2019)。ただし、第三者の解説によれば、これで決着とは考えられていないようだから、まだ論争は続きそうだ。

最近、NHKラジオ第2で興味深い話を聴いた。

これまで、内臓脂肪を燃やすためには20分以上の連続した有酸素運動(少し息が上がる程度以上の運動)が必要といわれてきた。
しかし、そこでの医師の話によると、もちろん20分以上連続した場合と細切れの場合では効果に違いはあるものの、最近の学説では、20分以上連続しなければ効果なしというわけではなく、たとえ数分ずつの細切れであっても、1日合計30分程度の有酸素運動をすれば内臓脂肪を燃やすのに効果があるとのことである。

こう聞くと、自分にもできそうな気がする。

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時代を先取りしすぎていた。38年早すぎた?

上着なし、あるいはスーツにノーネクタイなど、社会的に軽装が許容されるようになって久しい・・・・20年以上か?

今年は、仕事もスニーカーでOKとのニュースが耳に目に入ってきた。

は既に38年前に、スーツにノーネクタイ、そして革靴ではなくスニーカーという出で立ちで出かけたことがある。
友だちからは、変だと言われた。

それは実のところ、主義や主張や思いがあってのことではなく、ある意味あまのじゃくで、悪くいえば無知で世間知らずで、よくいえば自分の感覚に素直に、服装を選択しただけであった。

冗談まじりにいえば、僕が時代を先取りしていたといえる。
ひとと社会の関係でいえば、社会からの制約が弱まって、ひとが自由になれたひとつの側面といえる。
ただし、ネクタイはNGとか、スニーカーじゃなきゃダメとなってしまっては、制約の基準が変わるだけで制約の強さは変わらないことになるから、制約を弱める(自由が拡大する)ことに注意を向けるべきだと思う。

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2019年6月 1日 (土)

エアコン使用時間と電気使用量の関係の不思議

Electricityusage図[クリックで拡大]は、2017年(薄い色)と2018年(濃い色)についての、僕の電気使用量である。

前の年の同じ月とほぼ同様の使用量であるのはフツーじゃないかと思うかもしれないが、そうではない。

条件がまったく異なるのにほぼ同様の電気使用量であったことが不思議なのである。ナゾなのである。

2018年の夏は猛暑だった。熱中症にかかる人も多かった。だから、国レベルで、我慢せずエアコンを付けましょうと広報していた。

の同世代あるいは上の世代は、「節約は美徳」だけでなく、「我慢は美徳」という価値観を根のところに持っているから、「汗をかいてこそ夏」という考え方とあいまって、ついエアコンを付けずにガマンしてしまうことが多い・・・と思う。

このような僕だが、僕の人生最強の猛暑だったから、「多少の出費より健康優先」と頭を切り替えて、生まれて初めて、夜通しエアコンを付けたまま就寝した(それまでは、2〜3時間の切りタイマーを設定して就寝するのがせいぜいだった。)。
2018年は来る日も来る日も猛暑であったということもあるが、一度その快適さを経験してみるとやめられなくなり、夜通しエアコンを続けた2018年の夏だった。

だから、電気料金を見るのは恐る恐るだった。「2倍?」それとも「3倍?」と。
それが、夏期を通じて、まったく違いがないといっていい結果だったのに驚き、不思議に思ったのだった。

その理由に関して、ごくおおざっぱにいえば、蛍光灯のスイッチをこまめに切っても必ずしも節約にはならないことと通じる理由があるのだろう。

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