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2015年12月20日 (日)

解決すればいい vs. 原因を探りたい

も科学者のはしくれだから,無意識に,結果オーライを避ける思考回路が働いてしまうことが多い.

思考回路が働いて“しまう”というのは,後になってみれば,その回路が働きさえしなければ,より少ない手間と時間で解決できていた“のに”という僕の意識の表われである.

アラハーとなり,それなりの量の経験をしてきた過去を振り返ると,出来事はまんべんなく訪れるよりも,突然に集中的に訪れる方が多い・・・ように思う.

ごく最近の例でいえば,僕のパソコンアプリケーションのトラブルと,職場のコピー機(複合機)のトラブルの両方が同じ日に発生し,どちらも,結局のところ再起動という,まったくといっていいくらい手間と時間のかからない方法によって解決した.

パソコンの方は,わざとユーザーがアクセスしにくいようになっており,特別な操作をしない限り見えないファイルを無効化してみたり,元に戻したり,それでも解決しないのでインターネットで同様の現象で困ったことのある人からのヒントを得ようと検索し,近い症状の事例の解決方法を真似してみたり,挙げ句の果てには,そのアプリケーションの中核をなす30ギガバイトのファイルをバックアップから復元し,トラブルが発生していなかったときの状態に戻したり,・・・.それでもトラブルは解消しなかった.

結局,パソコンそのものを再起動したら,そのアプリケーションは何ごともなかったかのようにフツーに使えるようになった.

コピー機の方はUSBメモリーへの文書保存に際してUSBメモリーが認識されないトラブルだったのだが,一般ユーザーとしてあれこれ試したり,管理ユーザーとしてあちこちの設定を変更したり戻したり,そうこうするうちに,保存用ばかりか読み出し用の機能でもUSBメモリーが認識されておらず,サポートに連絡すべき故障なのかもしれないと思うに至り,ダメ元でコピー機の電源をOFFにし,改めてONにしてみたところ,パソコンと同様にこちらの方も,何ごともなかったかのようにフツーにUSBが認識されるようになった.

僕が,再起動させるという行動をすぐに起こせなかったことは,悪く言えば,機転が利かなかったということだが,良く言えば,手段はどうあれ解決すればいいという発想を無意識に抑制し,原因を特定したいという探究心が勝っていたということである.

かくいう僕も,もちろん,世の中のあらゆることの原因を特定したいと思うわけではない.解決すればいい,結果を知ることができればいいと思うことの方が圧倒的に多い.

自分が興味のあること,あるいは,それほど興味があるとは言えなくても,それくらい解決できる自分でありたいと思うことについては,当面の問題だけでなく将来発生するであろう同様の問題に対処するための知識を得たいという気持ちになるため,結果よりも過程を重要視するモードになるのだろう.

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