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2015年8月29日 (土)

受験生という口実

あまのじゃくの側面は,決まりごとやイベントなど,大勢の人々がそろって行なう,あるいは興じるものごとが好きではないところにも表われている.

新年の挨拶が煩わしいと感じていたのは,その一例である.
(そこには,「僕もあと20年もすればそれなりの礼儀作法を身につけ」られるだろうと書かれている.14年以上が経った今,自分のその予想は当たっているように思う.)

同じ観点から,「受験生だから」とか「うちには受験生がいるから」と,受験生を特別扱いする発想が好きではない.

受験の数週間前なら分かるが,4月に高校や中学の3年生になると直ちに,受験生です,受験生がいます,となるのは変な感じがする.

受験は日々の積み重ねなのだから,高校2年生だって,中学2年生だって受験生であろう.極端に言えば,大学を受験したいと思った時点で,高校1年生だって受験生である.

とはいえ,僕もオトナになったから,受験生である,あるいは受験生がいるというのは,有効期間の長い,いい口実なのだろうと思う.気の進まない誘いや依頼を断わるための,いい口実なのだろう.

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