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2015年2月

2015年2月20日 (金)

「強烈すぎるメッセージ」に追記

「ノオト:強烈すぎるメッセージ」に追記しました.

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2015年2月14日 (土)

オバタリアン

昔,オバタリアンということばが流行った.
(手元の国語辞典を引いてみたら,予想外だったが,載っていた.それによれば,1989年に流行したことばとのこと.)

自己中心的で騒がしい中年女性の群れを揶揄して,そう言った.

しかし,も多少の人生経験を積み重ねつつアラハーとなった今,自己中心的で騒がしいのは中年女性に限ったことではなく,あらゆる年齢層と性別,つまり老若男女にあてはまると感じる.

電車の中の高校生(男女問わず),サラリーマン,ランチタイムの女子,ハイキング帰りと思しき高齢者,これらあらゆる場合に,集団となるとオバタリアン的になる例を幾度も目撃してきた.

仲間が集まれば,周囲に目が行かなくなるほど楽しくなるものである.

かしましいは女性が三人集まった字で「姦しい」と書くから,古来から女性にそのような傾向が強いのかもしれないが,男子が女子化しているといわれている昨今だから,男子にも,そして幅広い年齢層に,かしましさが浸透しているということかもしれない.

実際,変わりやすいもののたとえとして現在では,「女心と秋の空」と言うことが多いが,手元の辞書によれば,元来は「男心と秋の空」と言ったそうだから,ことばがひとり歩きして,人々の思考に影響しているだけという可能性もある.

結局,人間は自己中心的なものなのだろう.

自分が静かにしているときには他人の騒がしさを嫌がり,自分が楽しく賑やかなときには周囲への配慮ができない.

ところで,最近読んだ本「つくられる偽りの記憶---あなたの思い出は本物か?」(通販サイトAmazonへのリンクはこちら)は,自分の確信が如何に不確かなものであるかが分かる興味深い内容である.その最終章「本当に昔はよかったのか?」で,大倉幸宏著『「昔はよかった」というけれど』からの引用として,1935年の新聞記事が紹介されている.記事には,電車の中で化粧をする女性に感心しないと書かれているそうだ.

人のふり見て我がふり直せ,これは,物理的な歳を重ね,オトナになったつもりの自分に,僕が度々言い聞かせていることばのひとつである.

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2015年2月 5日 (木)

日本語「きく」

長年当たり前のように使ってきたのに,その観点で見ていなかったから気づかずにいることは多い.

例えば,あるときふと,「校」は「交」があるから音が「こう」なのだと気づいて,ひとり発見の喜びにひたったことがある.

全体だけを意識していて,部分が見えていなかった例である.

最近も,ふと気づいたことがある.

日本語の「きく」には,相手の言うことを「きく」という意味と,相手に「きく」という2つの意味があることに気づいた.

前者は「聞く」「聴く」で,英語ならlistenであり,後者は「訊く」で,英語ならaskである.

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過ぎたるはなお及ばざるがごとし

以前,このノオトで,清潔と衛生的の違いについて述べた.

最近,読売新聞サイトで,「身の回り清潔になり?子どもの花粉症患者が増加」なる記事を読んだ.

子どもの患者の増加や,発症の低年齢化の原因として,スギやヒノキが増えていることに加えて,身の回りが清潔になったために免疫力が高まらず,アレルギー反応を起こしやすくなった可能性があると述べられている.

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2015年2月 2日 (月)

顔:パンチ穴開け機の場合

パンチャーに顔を見た(写真;クリックで拡大).
Puncherface

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