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2013年9月11日 (水)

「写真はイメージです」

Mikan「写真はイメージです」「CM上の演出です」「個人の感想です」・・・・など,ただし書きを目にする機会が大変に増えてきた.

実は,ただし書きの全体が目にできるのはマシな方である.テレビ画面に小さな字でほんの一瞬の表示で読み切れるはずもなかったり,(比較的文字は大きめではあるものの)画面を埋め尽くされた100字以上からなるメッセージの詳細がつかめなかったりと,伝えるためではなく,責任範囲限定の証拠(免責)のためのただし書きが多い.

もっとも,契約書,同意書など,読む気力を喪失させるテクニックは長い歴史があり,今に始まったことではない.老眼には眼鏡なしでは読めない小さな字で,数ページ(以上)にわたってびっしりと書き込まれた文書は,字の小ささと分量の多さが読む気力を喪失させる.(このテクニックのルーツに興味はあるが,調べるのはまたの機会にしよう….)

話が逸れてきたので,今回の主題に移ろう.主題は「写真はイメージです」である.

商品パッケージに「写真はイメージです」と書かれているのは,実物が写真のままではないからである.

食べ物の場合でいえば,実物は,つやっつやでプリップリではなかったり,マカロニが立ち並んで踊っていなかったり,果汁がしたたり落ちていなかったりするから,イメージであると明記されている.

人間は,時々刻々,環境や情報に適応するものだから,知らず知らずのうちにパッケージ写真と実物の関係を学習してゆく.
パッケージ写真から差し引いたり変換したりして内容物を予想し,予想に近ければ納得し,予想とズレていれば経験として次の予想に役立てようとする(“役立てようとする”と書くと意識的に聞こえるが,無意識的であることが多いだろう).

この夏,“やられた!”と思うことがあった.「イメージ写真」から予想したのとは全然違う内容物だったのだ.実は,「イメージ写真」とまったく同じものが入っていたのだ.

そのパッケージが写真(クリックで拡大)である.

最初にパッケージ写真を見て僕は思った.写真はいかにも,夏みかんの皮をむき,細く切って,少々乾燥させて砂糖をまぶしたように見えるが,恐らく中身は,固めのグミの中に,細かく砕いた夏みかんの皮を少しまぶしてあるのだろうと.

が,「イメージ写真」はイメージではなく真実だったのだ.

予想が裏切られて逆にうれしくなるとともに,素直じゃなくなっていた自分に気づいた瞬間であった.

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