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2013年6月

2013年6月29日 (土)

限定し過ぎ!?(続)

ノオト「限定し過ぎ!?」では,半年〜1年ほど(?)温めていた感想を紹介した.

さて,人間心理について次のことが認められている.

より多く名前を聞く人や物に好感を持ちやすい,ということ.

広告というのは,突き詰めれば,これを応用して人間の心理を操作する手段ということだ.

ただし,それによって初めて手に取る,あるいは購入する人々が増えたとしても,再び購入するかどうかはそのものの質に依存する.
だから,広告だけではロングセラーを作り出すことはできない.

さてさて,より多く名前を聞く人や物に好感を持ちやすいというのは,他人から聞くばかりでなく,自分自身の影響もある(理系の用語を使えば,自分自身への正のフィードバック=positive feedback=である.).
感情が好感とは言い切れなくとも,関心は持つことになる.
例えば,ある飲むヨーグルトについてブログを書いたりすると,その飲むヨーグルトのことを考える時間が長くなるから,たとえいいことばかりを書くのではない場合でも,関心が高まる.

昨日,この心理学理論が見事にあてはまった自分がいた.
電車に乗る前に飲み物を買いたいと駅のNEW DAYS(コンビニ)に入り,何を買おうかと棚を眺めていたら,飲むヨーグルトが飲みたくなった.
あまのじゃくは,心理学理論通りに行動する自分は避けたいと思ったものの,その場はあまのじゃく心は抑えて,湧いてきた気持ちに従うことにした.

1日前に書いたばかりのノオト「限定し過ぎ!?」に掲載した写真をイメージしつつパッケージを見たら,そこには面白い発見があった.

飲み方の説明が変わっていたのだ.

ただし,その説明は,(僕が期待せずに望んでいた)説明し過ぎの解消ではなく,説明し過ぎのエスカレートだった(写真参照;クリックで拡大).
How2drink2

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2013年6月27日 (木)

限定し過ぎ!?

How2drink天気予報で,雨の降る可能性や雨の降り方の情報だけで十分なのに,折りたたみ傘を持って行くとよいなどとアドバイスしてくれるのは,には限定し過ぎに思える.

とかく現代は説明しすぎ,サービス過剰だから,以下に述べるのはほんの一例であり,同様の多数の事例の中に埋もれてしまう程度のことではあるが,たまたま僕のアンテナに共鳴したのでコメントしておくことにする.

写真(クリックで拡大)は,飲むヨーグルト側面の説明である.

これは,天気予報の折りたたみ傘に通じる,限定のし過ぎだと思う.
この構造なら,飲み方にはもっと自由がある.

もちろん,作り手にも弁解はあるだろう.
それは分かってはいるけれど,時流には逆らえない,などと.

安全性に関わることであればそうすべきだが,そうでないのなら,時流に流されないで欲しいと思う.

ただし,実はここには僕の考え及ばない安全上の理由があるのだとしたら,浅はかな自分を反省したい.

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2013年6月26日 (水)

コンビニレジでの年齢確認タッチ

コンビニレジのタッチパネルについて気づいたことがある.

それは,アルコールを購入する際の年齢確認タッチの要求に関する件である.

いまさら?と言われてしまうかもしれないが,どうも都会ではタッチさせられた記憶がない.

一般に都会のコンビニは混んでいるから,悠長に客にタッチさせる時間がないのが理由かもしれない.

それを考えると,コンビニの買い物でも極度に急かされることのない地方都市は,人間が尊重されているといえるのかもしれない.

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2013年6月25日 (火)

混乱させる表示(テレビ番組編)

ノオト「混乱させる表示(その後)…写真撮影に成功」と,そこで引用しているノオトでは,あるエレベーター内の,人を混乱させる階数表示について述べた.

同様の例をテレビ番組で見つけたので紹介したい.

2013年6月15日(土)に「炎の体育会TV」で,サッカー界のスーパースターたち(メッシ,ジーコ,アルシンド)がキックターゲットに挑戦するコーナーである.
(キックターゲットとは,サッカーゴール前面の全面に取り付けられた9枚のパネルを,限られた数のボールで,できるだけ多く蹴り抜こうというゲームである.)

テレビ画面を収めた写真がこれ(クリックで拡大)である.
Confusingdisplay
(【お断わり】撮影した場面では,蹴り抜いたパネル数がすべて「?」であった.それでは分かりにくいので,最終結果の記憶をインターネット情報で確認した数字を画像に描き加えてある.)

誰が何枚なのか,とっさには判断しにくいと思うのですが,いかがでしょうか.

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ワイプアウト!

2013年6月の,1週間の米国滞在中には,時差ボケの影響もあって,現地時間の夜に眠れなかったり,早朝に目が覚めたりして,BGM,BGT,そして環境映像代わりにテレビを付ける機会が多かった.
(BGM=Background Musicは一般的なことばだが,BGT=Background Talkは一般にはあまり使われないと思うので補足しておく.あまり使われないというより,一般には認知されていない?)

は,普段はテレビを消音して付けておく習慣があるが,英語に耳を慣らす目的を兼ねて,米国滞在中は音を出していた.

テレビを見て印象に残ったことを挙げたらきりがないが,ここでは,偶然に見てとても面白かったABCテレビの番組「Wipeout」について述べたい.
(この番組については,検索してみるとコメントやムービーが数多くヒットする.)

ひとことで言えば,そしてパッと見て思ったのは,TBSテレビ「SASUKE」に似ている.

ただし,SASUKEは生真面目な番組であるのに対し,Wipeoutは,泡攻撃で泡まみれにされる(これは飽くまで一例)などハチャメチャである.
(インターネット情報によれば,TBSの往年の番組「風雲たけし城」に通じる部分があるそうだ.)

しかし,何といっても印象的だったこと,文化や社会の違いが表われているのだろうと感心したことは,SASUKEがたった一度の失敗も許さない(一度失敗すると失格となる)のに対し,Wipeoutは何度でも失敗できる点だ.

水に落ちてもまた戻り,何度でもチャレンジできる.競うのは失敗しないことではなく,タイムなのだ.タイムが最短の参加者が優勝する(少なくとも僕が見た回は).

このようにルールが異なるからだろうが,SASUKEでは考えられないもう一つのことは,参加者があっさりと途中棄権したりすることだ.SASUKEだったら,視聴者やライバルからブーイングされるであろう許されない行為だが,なにぶんルールが違うから,これも仕方がないことではある.僕が見た回の棄権者は,障害物にめちゃくちゃに翻弄され,泡まみれになり,水に落ち,何度も再チャレンジし,気力も体力も限界に達した様子で,憔悴した表情だった.

興味があれば,公式サイトへどうぞ.

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2013年6月23日 (日)

らしく

カップ麺はカップ麺らしく,そして,コンビニはコンビニらしくあって欲しい.

らしくあって欲しいと願う気持ちは保守性の表われかもしれない.
らしくないのは,開拓者精神に基づく新規市場開拓,新規顧客開拓に苦慮する経営陣の一時の気の迷いかもしれない.
とはいえ,ユーザー(客)からすれば疑問に思うことだから,たとえ一過性の現象ではあっても,の見解を述べたい.

昨今,というには長い歴史があるが,カップ麺に過度に美味しさを求める風潮がある.
僕が思うに,極論すれば,あんまり美味しくないからカップ麺なのだ.
そして,あんまり美味しくなくてもいいのだ.

美味しさを追求する姿勢は悪いことではないから認めるとして,カップ麺の本来の目的を大きく逸脱して,食べるためにユーザーの手を極度に煩わせる指示をするのは本末転倒である.
僕の基準で厳しくいえば,具材やスープが合わせて3種類もあるのはルール違反だが,手間とゴミがちょっとふえるだけで美味しくなるのだからよしとしよう.

しかし,具材の袋を「別にお湯で温めておくと更に美味しくなります」というのは完全なるルール違反である.
フーテンの寅さんの声が聞こえてきそうである・・・「それを言っちゃあ,おしまいよぉー」
カップ麺本体のカップ以外の器具を使わせるとは,もってのほかだ.

仮に,製造元としては,この具材を別にお湯で温めてもらえればもっと美味しくなるんだが…,と気づいていたとしても,それは書かないのが紳士,淑女の態度である.
製造元は沈黙を守り,その裏技を発見したブロガーの発信が世間に広がるのを待つのが筋である.

続いてはコンビニの話題である.

コンビニで本格的なコーヒーやカフェラテを提供するようになって久しい(・・・と書いた後に調べてみたら,意外にも1年は経っていなかった).

サービス開始当初,店員は慣れないサービスに右往左往しており,レジに普段以上の行列ができるのを見ては,経営陣の準備不足を感じた.
複数の店舗で見た店員のあたふたに,それまでの人員でカフェ・サービスを追加でこなすのは無理ではないかと思った.

カフェ・サービスによって,コンビニ本来のサービスが完全に阻害されてしまった.
本来のサービスとは,もちろん,短時間で購入できることである.

より美味しいもの,より安いもの,より多くの品揃えの中からの選択をしたいなら,スーパーやデパートやカフェ専門店に行けばよいのだ.
最高に美味いわけではなくても,少々高くても,限られた品揃えであっても,時間を節約したいからコンビニに行くのだ.

サービス開始から半年以上がたった今でも,10人に1人でもカフェ利用者がいると,レジ行列の進行が大幅に阻害されている.
カフェ導入前の人員に1名追加するくらいでなければ,これまで同様のサービスは維持できないと思う.

実のところ僕も時折コンビニのカフェを利用するが,十分に空いているときに限る.
ある程度混雑しているときにはカフェの利用を遠慮してしまう.

このように客に遠慮させるようでは,まだサービスが成熟しているとはいえない.

カフェ・サービスがなくなったとしたら,僕自身も残念ではあるが,コンビニ本来のサービスに徹する上ではやむを得ないから簡単に諦められる.

コンビニはコンビニらしくあって欲しい.

《追記:2013-06-23》上記コンビニで念頭に置いたのはイニシャル「ら行」の大手コンビニである.本格カフェのさきがけであったと記憶している.本格カフェサービスでは後発のイニシャル「は行」コンビニは,セルフサービスと組み合わせることで上述のレジ行列の伸長を低減している.イニシャル「さ行」コンビニや「ま行」コンビニは,ラテを扱わず,コーヒーのみとした上でセルフサービスとしている.

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2013年6月19日 (水)

レッドブルの,レッド・シルバー・ブルー

は,アラフォーまでは,ドクターペッパーまたはコカコーラを1本,それに加えてチョコレート1箱を毎日間食していた.

締め切り間際に徹夜する際には,夜食代わりにコカコーラを飲んでいた記憶がある.

しかしアラハーとなった今,ドクターペッパーやチョコレートの好きさ加減は変わらないと感じているが,食べる頻度は激減した.

飲み物についていえば,ドクターペッパーやコカコーラに代わって回数が増えたのは,飲むヨーグルト,カルピス,オレンジジュース,…,そして,レッドブルである.

レッドブルのいいところは,栄養ドリンクのような“元気つけたいです!”感が少なく,さりげなく飲めること,オロナミンCよりも量がたっぷりあることである.

このようなわけでファンになって久しく,既に世間での認知度や人気も十分に高まっていた2010年の夏に,僕は米国でシュガーフリー版を見つけ,先取りした気持ちでいそいそと写真に収めた.
ところが,僕が知らなかっただけで,そのとき既に日本でも流通し始めており,特別な話題にはできなかった.

今月(2013年6月),米国のスーパーで買い物をしていたら,見たことのないレッドブルを見つけた.
3色のレッドブル,Red,Silver,Blueである.
僕が買って飲んだRedとBlueがこの写真(クリックで拡大)である.
Redbulls

3色のレッドブルは,Red Edition,Silver Edition,Blue Edition と呼ばれている.
それを紹介するWebページの表現(コピー)が洒落ている・・・・

Red Edition
 フレーバー:クランベリー
 効果:レッドブル

Silver Edition
 フレーバー:ライム
 効果:レッドブル

Blue Edition
 フレーバー:ブルーベリー
 効果:レッドブル

日本でのレッドブル人気を考えると,程なくして日本でも流通すると思われるが,現時点ではまだ目にしていない.
個人の感想を述べれば,やはり標準版(シュガーフリーではない)を基本とし,ときには色の付いたものも飲む,といったところだろう.

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2013年6月18日 (火)

最大 瞬間 vs. 瞬間 最大

ある時までは聞き流していて気にならなかったことが,ふと意識を向けてみると違和感の元になることがある.(ノオト「言い切ることの大切さ」で述べたことも,このことと似た現象である.)

数年前まで,は「瞬間最大風速」ということばの響きに慣れ親しんでいた.
それは,意識して頭に入っていることばだからではなく,幼い頃からの勘違い(思い込み)かもしれないが,僕の中では「瞬間 最大 風速」という語順が自然だった.

ところが,ここ数年,天気予報やニュースを意識して聞いてみると,例外なく「最大瞬間風速」が用いられている.
時代と共に用語の標準が変化した可能性があるが,『「瞬間最大風速」は誤り』と照らし合わせると,僕が思い込み続けた可能性は否めない.
一度強く思い込んでしまうと,その後いくら別の文字列を見ても,勝手に,しかも無意識に並べ替えて判断してしまう.

一時脱線して,この無意識の並べ替えについての例を挙げよう.『いい加減なさまを「デラタメ」という』と書かれると納得してしまうが,そこにあるのは「デタラメ」ではなく,「ラ」と「タ」が逆になっている「デラタメ」であるから,ことばとしては誤りである.
(ここまで書いても気づかないケースが多々あるからしつこく書くが,「デ・ラ・タ・メ」はことばとしておかしい.正しくは「デ・タ・ラ・メ」である.)

このような,無意識の,自分に都合のいい置き換えは,文字に限らず,図形でも発生するし,視覚に限らず聴覚でも発生する.

この「デラタメ」と同様に,耳で聞いたときに勝手に自分の頭にスッキリ入ってくる「瞬間 最大 風速」を経験として積み重ねてしまったのかもしれない.

もっとも,「瞬間最大風速」は専門用語としては誤りなのだろうが,一般的な日本文解釈としては誤りとは言えないだろう.だからこそ,日本人の言語貯蔵庫から消失することなく生き残っているのだろう.
「瞬間最大風速」は「瞬間的に最大値を記録した風速」と捉えることができるからである.

世間での使用割合を推定するためにGoogle検索してみた(2013/06/17,1:00頃実行).その結果,ヒット件数は
"瞬間最大風速" 168,000 件
"最大瞬間風速" 453,000 件
であった(検索時にもクォーテーションマーク〈引用符〉を付けた).
正しい用語が多数派となっている.

ところで,同様の構成のことばに「瞬間最高視聴率」と「最高瞬間視聴率」がある.

風速と同じ論理で考えれば「最高瞬間視聴率」が用語としては正しそうだが,視聴率に関しては事情が異なるようだ.
多くの実例を知らないが,一例を挙げれば,王様のブランチのコーナーに「TBS 瞬間最高視聴率ランキング」がある.

これについても風速と同じ時間に検索したところ,ヒット件数は
"瞬間最高視聴率" 385,000 件
"最高瞬間視聴率" 207,000 件
となり,こちらは「瞬間 最高 〜」が多数派であった.

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2013年6月16日 (日)

分かりやすい表示

が目撃してきた歴史によれば,概して関東よりも関西の方がサービスが先進的である.

例を挙げれば,駅などの自動販売機でコインのまとめ入れができるようになったのも,ICカード(Suica,ICOCAなど)に子供用が導入されたのも,関西が先んじていた.

サービスへの要求が厳しい文化がサービスの向上を押し進めるのだと思う.

このように国内での地域差はあるが,日本という国は概してサービス先進国である.
(関西対関東でいえば要求の違いが実現の違いなのだろうが,日本全体の駆動力は親切心なのだと思う.)

最近(2013年6月)米国の日常に多少の時間,身を置いてみて,米国がまだサービス途上国であることを強く認識した.
ここでいうサービスとは,人間にとっての分かりやすさ,人間へのやさしさのことである.

もっとも,客が投資する金額に応じた対応(サービス)の区別が極端であるなど,均質性の高い日本の視点からすると単純な理解が困難な社会および文化構造があるから,サービス論議を単純化できないことも認めなければならない・・・.

さて,地下鉄電車内の路線案内と衣料品店のフロア案内を例に,日本と比べた米国のサービスの未成熟さを紹介しよう.

進行方向右側の(ドアの上に表示されている)路線案内に次のように駅が表示されているとする.

A駅==B駅==C駅==D駅

日本の電車なら例外なく,進行方向左側の路線案内は

D駅==C駅==B駅==A駅

となっている.つまり,

進行方向右側の路線案内:
A駅==B駅==C駅==D駅
 ←←←電車の進行方向

進行方向左側の路線案内:
D駅==C駅==B駅==A駅
 電車の進行方向→→→

のように,電車の進行方向と駅の並びが合うように,2種類の並びの路線図が掲示されている.

ところが,米国(例:ボストンの地下鉄)では,どちらも同じ路線図がただ掲示されている.だから,

進行方向右側の路線案内:
A駅==B駅==C駅==D駅
 ←←←電車の進行方向

進行方向左側の路線案内:
A駅==B駅==C駅==D駅
 電車の進行方向→→→

となっており,人にやさしくない表示となっている.
(例えば,B駅を出たとする.進行方向から判断すると,片や次はA駅,片や次はC駅となるのである.)

この説明は頭がこんがらがってしまうかもしれないが,落ち着いて考えれば納得してもらえると思う.
念のため,進行方向,進行方向右側,進行方向左側の補足説明のために次の図を示しておく.これは車両を表わしている.
┏━━━━━━━━━━━━━━━━
┃   進行方向右側

┃ ←進行方向

┃   進行方向左側
┗━━━━━━━━━━━━━━━━

次の話題に移ろう.この写真は衣料品店(2階建て,2012年オープン)のフロア案内である[クリックで拡大].
Floorinformation

日本だったらあり得ない配置になっている.

以上,米国のサービス後進性の例を紹介したが,これでも年々改善されている過程のスナップショットなのだと思う.つまり,表示がないよりはある方が便利という段階なのだろう.

参考までに,上記地下鉄電車内の路線表示と同様のことは,デトロイト空港のターミナル案内にも見られた.
ボードの両側にはまったく同じターミナル案内図が表示されていた.
だから,表示ではボードに向かって右にあるターミナルであっても,左に行かなければならなかったりするのだ.

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2013年6月15日 (土)

電車にて:ドアの開く側の英語表現

ノオト「クイズ!どっちのドアが開く?」では,JR東日本,山手線での英語アナウンスを使ったお遊びを提案した.

そこには書かなかったが,英語表現は間違ってはいないのだろうが違和感を覚え,それが僕の遊び心を刺激したのだった.

山手線のアナウンスはこうである.
Doors on the left side will open.
Doors on the right side will open.

右のドアのアナウンスの場合に,「右側」ではなく「正しい側」と解釈することも可能だなぁというダジャレ心について述べたのだった.

最近,米国マサチューセッツ州ボストンを訪れ,地下鉄に乗ったところ,アナウンスは次の通りであった.
Doors will open on the left.
Doors will open on the right.

これなら変にダジャレ心が刺激されることもなく,僕の言語感覚にも合う.山手線アナウンスも英語としては正しいののだろうが,「右側のドアが開きます」の直訳感が強く,英語としての自然さが損なわれているように感じる.

もっとも,米国と英国では英語が異なるから,山手線のアナウンスは(日本の英語教育ではあまり触れる機会のない)英国の英語では自然なのかもしれない.

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セルフォン

今月(2013年6月),1週間ほどアメリカ合衆国に滞在した.今回は1箇所に腰を落ち着けたから,久々に日常や文化にも触れることができた.

そのお陰で,の10年ほど前の知識の修正が必要かどうか確認することができた.

結論からいうと修正の必要はなかった.

日本では,なぜか,携帯電話の英訳はmobile phoneが一般的であった,そして今でもそうである.しかし,米国ではmobile phoneという表現は耳にしたことがなかった(10年ほど前は).今回,テレビCMや街中の広告で,やはり今でも携帯電話のことはcell phoneといことが確認できた.しかも,スマートフォンという表現もなく,すべてがcell phoneであった.

Mobile phoneが電話機の形態を表現しているのに対し,cell phoneは通信網の形態を表わしている.たとえて言えば,現在のテレビを指してフラットパネルというか(テレビの形状),地デジというか(送信方式)の違いである.

Cellはcellularの略である.Cellularは元々「細胞の」という意味であり,それに対応する名詞「細胞」はcellである・・・・ちょっとややこしいが,cell phoneのcellは形容詞の短縮形と考えるべきであろう.
(表計算ソフトExcelなどで使われる「セル」もcellである.表の記入枠をcellと呼ぼうと最初に思いついた人はセンスがあるなぁと感心する.)

最後に,これは飽くまでも米国と日本の事情の対比である.手元の英和辞典によれば,英国ではmobile phoneが一般的であるように書かれている.

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