« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2013年4月

2013年4月30日 (火)

混乱させる表示 (その後)

久しぶりに訪れてみたら,ノオト「混乱させる表示」で紹介したエレベーター内フロア表示が改善されていた.

案内のフロアと階数表示ランプがピッタリ一致していた.分かりやすくなってよかった.

本当は写真に収めたいところだったが,混雑したエレベーター内で写真を撮る勇気が湧かなかった….

《追加:2013-05-24》ひとりだけでエレベーターに乗る機会を得た.写真を撮った(下の写真;クリックで拡大).監視カメラに,しっかりと見つめられていたが….
Displayinelevator_improved


| | トラックバック (0)

2013年4月18日 (木)

JRのサービス改善

Ticketpocketさまざまな分野でサービスの変遷があるが,ここではJRのサービスについて述べたい.

1998年当時のJR東日本では,ノオト「検札」で述べたように,乗客が眠っていても起こして検札をする不愉快があった.その後,指定席では検札しないシステムが導入され,快適性が増した.

現在でも自由席では変わらずに検札があるが,指定席料金の追加でサービスを買うと考えれば理にかなっているから,企業努力としては十分であるといえよう.

自由席乗車時,眠っていても起こされないようにするためのの対処法は,特急券を見えるところに置くことである.そうすれば,たとえ眠っていても,車掌さんは検札をして行ってくれる.

とはいえ,置く場所といえば,窓際かテーブルくらいしかない.どちらにしても特急券が落ちてしまう心配があるし,窓際だと車掌さんが大きく身を乗り出さなければならない.

何かいい方法はないものだろうかと時折考えつつも,積極的な対策をしないまま年月が過ぎた.

このような問題意識がくすぶっていたから,先月,JR九州の特急に乗ったとき,サービスの先進性に驚いた.なんと,前の座席の背もたれのこちら側,顔の真っ正面の位置にチッケット・ポケットが付いていた(上の写真;クリックで拡大;違うデザインの列車にも乗ったが,それにもポケットが付いていた).他の乗客の様子を観察したところ,ほとんどの人がチケットをそのポケットに入れていた.車掌さんはポケットからチケットを取り出し,検札して元に戻してくれる.サービスの地域性を実感した出来事である.

JR東日本の話題に戻そう.今年3月に,常磐線特急が新型車両E657系に統一された.新型車両の導入自体は更に1年前に遡るが,今年の3月にすべての特急列車が新型になったのだ.

新型車両が導入される以前,主にスーパーひたちで使われている車両とフレッシュひたちで使われている車両が異なっており,その上,編成は7両,11両,14両などがあり,列車によって乗車位置がまちまちで混乱が多かった.更に,2つの編成を連結した列車(例えば7両+4両で11両)の場合,走行中に他の連結に移ることができないから,慌てて飛び乗ってはみたものの,取っていた指定席が他の連結だったという人を幾度か目撃したことがある.また,途中駅で連結を切り離す列車もあった.(そこに新型車両が追加導入されたから,編成という意味では,導入後1年間は一層複雑化していた.)

それが新型車両に統一され,統一というだけでもほとんどの混乱要因が消滅した上に,加えて車内サービスも向上したから,いいことずくめである.具体的には,

  • 車両の統一に加えて編成も10両に一律化されたため,乗車位置の混乱がない.
  • 連結なしの一体型なので,乗車後の移動に制限がなく,途中駅での切り離しもない.
  • ドリンクホルダーが付いている.
  • 乗客の利便性によく配慮されたフックが付いている.
  • すべての座席の肘掛け部にAC電源が付いている.
が挙げられる.ただし最後の点については今後の動向を見守りたい.なぜなら,各座席にはマナーへの配慮を促すメッセージ「列車内では、キーボードの操作音など、まわりのお客さまのご迷惑とならないようにご配慮ください。」が書かれているものの,AC電源というサービスによってパソコンを使う乗客が増え,マナー問題が悪化する可能性があるからである.(キーボードのマナーについてはこちらのノオトも参照.)

| | トラックバック (0)

2013年4月15日 (月)

じゃんけん,その勝利の法則

じゃんけんのチョキ・プライミング作戦 (別名 チョキ見せ作戦) が,日本じゃんけん協会Webサイト内の「勝利の法則」に加えられた.

この作戦は,NHK Eテレ すイエんサー「目指せ!勝率8割!!究極のじゃんけん必勝法を見つけた~い!」(2012年5月15日放送) で,はじめて世の中に披露された方法である.
(参考:ノオト「じゃんけん必勝法!」)

| | トラックバック (0)

2013年4月 9日 (火)

じゃんけん必勝法!(続)

ノオト「じゃんけん必勝法!」で紹介した番組の続編が放送される.

ただし,「続編」という表現は適切ではないかもしれない.ちょっとした発展形や別解では妥協しない制作理念があるようで,一気に難題に立ち向かうことになった.

それは・・・

NHK Eテレ(教育テレビ)すイエんサー「じゃんけん必勝法!大人数編!!」
本放送 4月16日(火) 19:25〜19:50 / 再放送 4月20日(土) 9:30〜9:55
(番組予告はこちら)

である.

後半にも登場!

| | トラックバック (0)

2013年4月 6日 (土)

開封方向の錯覚

Misdirectingarrowノオト「潜在危険デザイン」ノオト「潜在危険デザイン (その後)」で取り上げた錯覚は,自動車の方向指示に関するものであった.左の指示を出しても,右を指しているかのように錯覚させる例であった.

最近,お菓子の開封帯を見て類似の錯覚を感じた.その帯が写真(クリックで拡大)である.

開封帯の左端をつまみ,右側へ引っ張れば開くのだが,矢印が左向きに,しかも3つも付いているから,「左へ」という印象を抱いてしまった.

開封の際に「つまむのはここですよ!」と指し示す矢印なのだが,その指示が念入り過ぎて(?)錯覚してしまった.

| | トラックバック (0)

2013年4月 4日 (木)

ごくろうさま vs. おつかれさま

国語辞典(大辞泉 2008)には,「ごくろうさま」と「おつかれさま」の使い分けについて次のように書かれている.

「ごくろうさま」は目下の人に対して使う,「おつかれさま」は同僚や目上の人に使う.

ただしそこには,補説として,文化庁が発表した平成17年度「国語に関する世論調査」の結果が引用されている:
目下の人に対して
・「おつかれさま(でした)」を使う人:53%
・「ごくろうさま(でした)」を使う人:36%
目上の人に対して
・「おつかれさま(でした)」を使う人:69%
・「ごくろうさま(でした)」を使う人:15%

※ 平成17年度の調査は平成18年2月〜3月に実施された.今から7年前である.「国語に関する世論調査」は毎年行なわれているが,調査項目は毎年異なっており,この件についてはこれが最新のようだ.

目下の人に対することばの使い分けは辞書通りではなく,目上の人に対することばの使い分けはおおむね辞書通りである.

となると,特に目下の人に対することばについては,そろそろ辞書の記述を変更すべき時代が来たのかも知れない.

さて,は日々,多くの学生と接するから,目下の人からこのねぎらいの言葉をかけられることが多い.僕にとっては,辞書の説明通りに「おつかれさまでした」と言われるのは好まない.なぜなら,僕はいつだって疲れていないからである.見栄を張っているのかも知れない,やせ我慢かも知れない,しかし,僕が疲れたと感じるのはせいぜい年に1度くらいのものだ.だから,「おつかれさまでした」と言われると,「疲れちゃいないよ!」と言いたくなる(言いたくなるが,滅多に言わない.最後に言ったのは3年くらい前だろうか…).苦労ならそこそこしているから,僕には「ごくろうさまでした」の方がしっくりくる.これも僕のあまのじゃくの一面だろうか.

最後に,毎年実施されている文化庁「国語に関する世論調査」の結果は,こちらで見ることができる.

| | トラックバック (0)

2013年4月 1日 (月)

自分の記憶

子どもの場合は分からないが,ある程度成長すると,直前の自分の行動を思い出せないことがある.それは,必ずしも記憶力が低下しているからではなく,習慣化,自動化した行動が記憶に残りにくいからである.

例えば,外出前にヒーターのスイッチを切ったか,あるいは鍵を閉めたかなど,自分の行動の記憶が定かではなくて再確認することがある・・・・心配性のはこういうことがよくある.

習慣化した行動以外にも,ひとと話をしながら手に持っていた物を無意識にどこかに置いたりすると,その置いたことを忘れて立ち去ることがある.その物自体を完全に忘れて,しばらく経ってから別の目的で同じ場所に行き,そこに自分が持っていた物を見つけることがある.

後の方の無意識に関しては対処が困難だが,前の方の習慣化,自動化による場合については,いい対処法があることが分かっており,古くから実践されている.それは,指差し確認あるいは指差し呼称と呼ばれている方法である.

ヒーターのスイッチを切ったなら,ヒーターを指差しながら「ヒーター,スイッチOFF!」などと口に出すのだ.これは,目,口,耳,身体を動員する方法である.電車を利用すると,運転士や車掌の指差し確認を目に耳にすることができる.

仕事の現場ならともかく,日常では不要だと思うだろうか? そう思う人は,まだまだ脳が若いということだと思う.僕くらいの年齢になると,指差し確認の有用性を強く感じる.ただ,僕のヒーターの場合でいえば,声に出さずに指差し身振りと内なる声だけで十分に機能する.更に年月が経てば,内なる声では不十分になる可能性が高いから,僕はまだ比較的若いといえよう!

指差し確認の有効性については,例えば「指差呼称は有効か?」を参照.

さて,例によって前置きが長くなったが,今回の話題は,過去の自分と現在の自分についてである.

上に述べたのは,数分〜数十分前の自分の行動の記憶のことだが,ここからは10年〜数十年前の自分自身の記憶について述べたい.

よく,人間の身体中の細胞は死滅と生成を繰り返すし,新生はほとんどない脳細胞についても,脳細胞の結合状況(シナプス結合など)が時々刻々変化するのに,個としての一貫した自分があるのはなぜか?——それが科学的に解決すべき課題であると言われる.

が,僕にはいくつか,過去の自分が自分だとは思えないことがある.ここでは,大昔のことと13数年前のことをひとつずつ紹介しよう.

まずは,小学生の頃の自分である.小学生の僕は,頻繁に忘れ物をし,宿題をせず,机の中はぐちゃぐちゃでカビの生えた給食のパンが奥深くに押し込められ,本を読む習慣がなく,小学校6年間で読んだ本は1冊あるかないかであった.10代中盤以降の僕は,忘れ物をせず,宿題をしないことを恥ずかしく思い,物が整理できていないのをきらい,読書家ではないが本を読むのが好きだ.現在の僕には,小学生の自分が自分とは思えない.

比較的最近にも,それが自分だとは思えず信じられないことがある.それが13年前の自分である.

少なくとも4年以内の僕は,電車,カフェなど人々の集う場所でPCキーボードの音を高らかに立てて打鍵している人を大変に嫌っている(それが4年以内であることはノオト「発表会でのマナー違反」に書いた自分の主張から窺える).ところが,である.13年前に知り合った知人Uがよく覚えているそうなのだが,出会った最初の日,僕は(20〜30人の人々が集まっている恐らく静かな部屋の中で)ノートPCを操作していたそうだ.キーボードの音を高らかに立てて! 僕のマナー意識が変化したのだろうが,そのようなマナー違反をしている自分が自分だとは信じられない.知人Uが信頼できる人だから事実として認めざるを得ないだけである.

さてさて・・・

人から言われて,そういうこともあったと思い出せることがある.それは,記憶には残っているということである.何かを忘れていると分かるのは,少なくとも事象の断片や,自分に生じた感情を覚えているからである.行動の記憶そのものはなくとも,自分ならやりそうなことだと思えることもある.それは,今の自分とその当時の自分を結びつける記憶ネットワークが存在するからである.まったく忘れていたら,忘れていることに気づかない.

映画「50回目のファースト・キス」(原題 "50 First Dates") は,人間と記憶について考えさせられる作品である.序章は下ネタがやや多めではじけた雰囲気のコメディーだが,次第に人間について考えさせられ,感動で終わるラブコメディーである.

| | トラックバック (0)

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »