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2012年6月16日 (土)

メールのマナー:転送編

※注意:前置きが長いです.すぐに本題を読みたい方は【本題はここから】へ進んでください.

はインターネットを,自分の利益になるように最大限に活用している.そして大変に頼りにしている.

が,同時に,自分が使う部分と使わない部分をキッチリと分けている.

使わないのは掲示板SNS(Social Networking Service)である.

インターネット検索をすると,掲示板の情報も数多くヒットするが,掲示板の情報はできる限りクリックしないようにしている.なぜかというと,掲示板の書き込みには役立つものもあるのだが,かなりの頻度で不快な気持ちになる表現を目にしてしまうからだ.そのような表現を読んでしまい,嫌な気持ちになるのを恐れて,見ないようにしている.およそ実生活では他者に向けて使うとは思えない,無礼な,あるいは嘲るような表現が,掲示板には出現する.実生活でもそのような表現をしている人ならば,まだいい.しかし,掲示板という世界だけでそのような表現をしているのだろうと想像し,人をそうさせる環境に入り込みたくないからだ.

SNSの代表格はFacebookであろう.SNSに対して漠然とした拒否反応を抱いていた僕は,SNSなるものの経験がまったくなかった.しかし,経験なしで云々するのはよくない,また,広く見れば情報系の仕事に携わっている者として,まったく知らないのも,人の話を理解する上で問題かもしれない.それに,食わず嫌いだとしたら,便利なツールを使っていなかったことを後悔するかもしれない,などと考え,数ヶ月前に思い切ってFacebookにユーザー登録してみた.そして,Facebookで何ができるのか,どのような設定が可能なのか,人々はどのように使っているのか,どのような情報がどのような形で表示されるのか,自分に合った使い道はあるか,などと,細部にわたり徹底的に,約24時間,寝るのも忘れて隅々まで使ってみた.

その結果,使い続けるのは止めにした.すぐにユーザー登録を解除した.そしてその後,ユーザー登録の削除を申請した.

止めた理由を簡潔に述べるのは難しい.それは,客観的説明ができる部分と,主観や感情に関わる部分が混在しているからである.ひとつ,比較的客観的な説明が可能なのは次の点である.それは,僕は,普段から相手や自分の立場や場面に応じて,自分の表現をきっちり使い分け,そして見聞きする内容を選択し自ら制限しているから,そのやり方をFacebookの中で実現することができないと判断したのである.

例によって(?)前置きが長くなったが(^_^;),上に述べたことは,ここからの本題に関する僕の考えを理解する助けになるだろうから,無駄話ではないと思っていただきたい.

このような僕は,メールに関しても少なからぬ持論がある(例「ノオト:メイルと気配り」).

ここではメールの転送について述べよう.

【本題はここから】

あるグループで始まった議論をそのグループ外の人(々)に転送することはマナー違反だと思う.あるグループの議論の途中で新たな宛先を追加することも,である.

最近はメール会議なることばもあるように,会議室に集合せずにメールでの議論で結論を出すことも多々ある.その場合,引用が引用され,それがまた引用される,というように,議論の経過がすべて残る.メールする際には,多かれ少なかれ,議論のメンバーの顔を思い浮かべつつメールを書いているはずである.つまり,そのメンバー向けの表現,説明,意見を述べているはずである.だから,そのメールはメンバー外には転送しないのがルールである.もしも,是非メンバー外の人にも議論に加わってもらいたいというのであれば,その時点での議論を整理し,自分のことばでまとめなおしたものを用いて議論を再スタートすべきである.その人が入っていたなら表現を変えていたのに,ということがあるからである.(自分のことばでまとめ直すのは面倒だし,今までのメールを使えば詳細な情報がもれなく載っている.だから,転送はお手軽な手段であり,ついそれに頼ってしまう心理を理解することはできる.が,それは僕の基準からするとマナー違反である.)

個人宛のメールを大勢に転送するのも同様だ.もしも議論のメンバー全員に向けてのメッセージであれば,最初からそうしている.それをそうせずに,例えばリーダーにのみメールを出しているのは,リーダーの意向や状況判断を確認した上で考えを整理し,必要に応じてメンバー全員に出そうという場合や,あるいは,メンバー全員をメールで邪魔せずとも,リーダー単独の判断で進められそうな提案の場合であろう.

僕がこのような転送を問題にしているのは,文章内容そのものは,当初の当事者外に転送されても何ら支障はなくとも,表現の違いのために,与える印象が変わってくるだろうからである.言語情報(文章内容)以外の非言語情報の影響力を重要視している僕だから,この点には気を遣う.

参考書:「人は見た目が9割」,通販サイトAmazonへのリンクはこちら.ここでいう「見た目」とは,非言語情報のことである.一般には,人と面と向かって話す際について,声の調子,話し方,表情,ジェスチャーなど,言語内容以外を指して非言語情報というが,メールにあてはめれば,言葉づかい,句読点の使い方,改行のしかたなどが非言語情報といえるだろう.もちろん絵文字,顔文字も非言語情報だが,仕事のメールでは現在のところそれらを使わないのが暗黙のルールになっている!?

この転送問題に対する自衛策としては,いつ予期せずにメールが転送されても構わないように書くこと.あるいは,「本メールは私信.転送無用」と明記すること(→これはうっかり見逃される可能性があるから,実用的ではなさそうだ).あるいはまた,転送されたくない内容は電話や対面にするということになるだろう.

《追記:2012-06-19》僕自身は,メールをそのまま転送することはないと言っていい.必ず,メールの用件と要点を引用してメールを作成する.よく,受け取ったメールのToとCcアドレスをすべて含めて転送する人がいるが,僕は,少なくとも,そのようなことは決してしない.

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