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2012年5月16日 (水)

若者ファッション考

は年に5回ほど散髪に行くが,自分でクシを入れるのは年に1,2度である.
だから,毎日の僕の髪型は,温度,湿度,寝ぞうなどさまざまな要素が相まって作り上げる偶然の産物である.
数年前に無造作ヘアーという表現があった(今もある?)が,それは無造作風の造作をした髪型である.
それに対し,僕の場合は無作為の無造作ヘアーである.

さて,僕は衣服をファッションする意識とはほぼ無縁で生きてきたから,ファッションにはあまり関心が無いが,マナーには強い関心がある.
マナーには,他人を不快にしないという側面があるから,不快に感じるファッションには否定的である.
不快さは主観的なものだから,僕のノーネクタイだって不快に思う人もいるだろうが,僕の不快の基準はほぼひとつ,清潔感である.

このような僕だから,若者の腰パン[*]は大変に気になるファッションである.
(僕が中学生の頃に一部の生徒の間で流行っていたダボダボの制服ズボン「ボンタン」は腰パンに通じる特徴を有している.しかし,ユーザー数という意味で腰パンの方が圧倒的に広く普及しているように思える.)

[*] 腰パンとは,ズボン(パンツ)を腹ではくのではなく,腰ではくはき方である.元々が腹ではけるようにデザインされたズボンのベルト部分を緩めるなどして,腰でひっかけるようにするはき方である.そうすると自然にズボンの股が下がる.このやり方では下着は下げずにそのままが基本だから、下がったズボンの腰から下着が見えることになる.

腰パンが気になるひとつ目の理由は上述の不快感である.
そしてもうひとつの理由は,わざと足を短く見せる心理が理解できないので,その心理を解釈したいというものだ.

僕の世代なら,足は長い方がいいに決まっていた.
成長期には,足が長くなる方法を求めていた.
成熟期に入り,もはや身長が伸びたり足が長くなることが望めなくなると,シークレットブーツに関心を持つ者もいた.

2年ほど前に偶然に手にし,購入した「ちぐはぐな身体—ファッションって何?」は,哲学者がファッションを論じている本であり,それを読めば腰パンの人間心理の理解ができるかもしれないと思った(通販サイトAmazonへのリンクはこちら).

「社会の生きた皮膚——ひとはいつ服を着はじめるか?」「服を着くずす—ファッションの発端」「非風——ファッションの究極」あたりを読んで,少しは理解できたように思う.
ファッションは社会と自分をすり合わせる試みであるという.

となると,ファッションに無頓着なのもファッションといえよう.
だから,僕の無造作ヘアーも僕の心の発信,ファッションなのだろう.

最後に,腰パンには関係ないが,この本の「不自由の制服」を興味深く読んだ.
現代では制服は不自由の象徴だが,元来,制服は自由の象徴だったという.
すなわち,出身階級や差別やハンディキャップ,それらを服装から排除した結果が制服だったのだという.

この本は元々十代向けに書かれたという本の文庫化だが,年齢はアラハーでもファッションセンスは十代と変わらない僕だから,ちょうどよかったかもしれない.
それにしても,この本を十代で読んで面白いと思える青年は精神年齢が相当にオトナだと思う.

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