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2011年5月

2011年5月22日 (日)

言語と思考

日経サイエンス2011年5月号に「言語で変わる思考」という記事がある.それは Scientific American 2011年2月号 "How Language Shapes Thought" の翻訳である.

この記事は,このような考えと発想が似ているが,それをより具体的かつ綿密に研究した結果が述べられている.認知心理学者ボロディツキー氏 (Lara Boroditsky) による自身の研究の解説である.

方角も,時間も,出来事の記憶も,言語に左右されていることが紹介されている.

多数の言語を横断して調べている氏の研究に大変に興味がわく.実際は,今回の記事と同じテーマで氏が書いている解説を1〜2年前にWeb頁で見つけ,その解説が単行本 (What's Next: Dispatches on the Future of Science) の一部だと知り,すぐに購入した.その解説のためだけであれば本は購入しなかったと思う.「次は何か?」という書名に惹かれたからである.

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2011年5月18日 (水)

考えの変化

が大学生の頃,理系の4年生や大学院生は大学をすみかとする者が多かった・・・・すみかとする者はまれであったとしても,まず研究室にカバンを置き,そこから一日が始まり,帰るときにやっとカバンを持つのが普通だった.

だから,10年ほど前に,他の研究室の友人を訪れる際も,学食に食べにいく際にも常にカバンを持ち歩く学生に違和感を覚えた.
大学に来ても自分の生活拠点のない1〜3年生ならばそれは当然の習慣であるが,生活拠点のできた4年生や大学院生がカバンを肌身離さないのは,研究室を自身の勉強や研究の拠点とする意識が希薄だと,その学生に対する好感度は低かった.

そのような僕が,今では(常にではないにしろ)昼食休憩をとるのにリュックをかついで部屋を出たりしている.

それは,2011年3月の地震の折,身の安全を第一に考えて建物から避難し,怪我をすることなく無事だったものの,その後5日間ほど建物への立ち入りが禁止され,持ち出していればよかったと思うモノがあったからである.

身体に感じる余震の回数が減り,また,少しの揺れでも夜中に飛び起きるほどの過敏さも治まってきたから,つい気が緩みがちだが,危機管理としてカバンを持ち歩くことが多くなったのだ.

常にそうしているのではないから,真剣に危機管理をしているとは言えないが,少なくとも,上記学生に対する違和感は消散した.

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2011年5月15日 (日)

高嶺格のことば

「高嶺 格:とおくてよくみえない」展(Takamine Tadasu : Too Far To See)のある展示に次のことばがあった.

「芸のクオリティは、どんな変態にも社会的ポジションを保証する。」

説得力がある.

このことばは,変態を変人と言い換えれば,を含めた科学者(研究者)にも適用可能だろう.

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2011年5月11日 (水)

右へ?それとも左へ?

Bidirectional_walker知覚交替現象は,じっと見ていると2つの見え方が相互に切り替わる現象である.

もっともシンプルで代表的なのはネッカー・キューブ(Necker cube)だが,街中で知覚交替が発生する図形を発見したので紹介したい.

この図(クリックで拡大)は,JR水戸駅のホームで見た工事安全柵である.

じっと見ていると,赤丸の中の黒い人が右向きに歩いているように見えたり,左向きに歩いているような見え方が数秒周期で交互に知覚される.

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2011年5月 9日 (月)

SuicaとPASMO

お世辞が言えない.敢えての嘘はつくことがあるが,無用な嘘はつきたくないからだ.

このような僕は,ICカードとしてSuicaを常用しているが,関東の私鉄はほとんどがPASMOを採用している.

Suica,PASMOともに盛んに広報していることから察すると,この2つが実は同一のモノであることを知らない人が少なくないようだが,カードのデザインと名称が違うだけで,まったく同じに使える.

当初は,JR東日本の自動改札機のタッチする部分にはSuicaと書かれていて,関東私鉄ではPASMOと書かれていたが,この種の誤解を解消するために,今では単にICカードと書かれている自動改札機が増えてきた.

しかしまだ,関東の私鉄のひとつ小田急線の売店では,タッチする機械にはPASMOと明記されている(確認していないが,恐らく他の私鉄でも同様であろう.).

だから,嘘のつけないSuica常用者の僕は困ってしまうのだ.

JR東日本の売店(NEW DAYS)ならば,支払い時に「スイカでお願いします」と言えばいいのだが,小田急線の売店(OX Shop)では,「スイカで」と言っても機械にはPASMOと書かれているから店員が一瞬戸惑うかもしれない,かといって「パスモで」と言うと嘘になる.

どーしたものかと,マジメな僕は困ってしまう.

パスケースに入れたまま使うなら,Suicaを常用している僕も,「パスモで」と言っても心苦しさはないのだが,どうも駅の自動改札機よりも売店レジのICカード読み取り機は感度が低く設定されているのか,パスケースから出さないと読み取ってくれないから,「パスモで」と言っておきながらSuicaを出すのに抵抗を感じるのである.

この矛盾を解消するために「ICカードで」と言ったこともあるが,回りくどせいか伝わりにくいようだった.

今でもその時々で表現にブレがあり,PASMOと明記されている機械の場合でも「スイカで」とか,「パスモで」とか,あるいは,ICカード読み取り機を指差して「これで」と言っているが,以前よりはキッパリと割り切れている.

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2011年5月 8日 (日)

馴染めないモノ

が10代の頃,大人の目には,食べながら歩くことはマナー違反であった.しかし現在では,食べながら歩くことはマナー違反とはみなされない.

あるいは,現在ではペットボトルやマイボトルを持参して講演を聴講することは当たり前だが,昔は飲み物を座席まで持参して講演会に参加することはなかった.これは,よほど不注意でなければ飲み物をこぼすことのない容器(ペットボトルやマイボトル)が普及したことでマナーが変化した例である.

余談だが,500mlペットボトルが世に出たとき(1990年代),ゴミを増やすと反対の声が上がり,個人的にも反対の立場をとっていたが,その普及の早さとコンビニで買える手軽さとデザインとしての使いやすさで,1年もしないうちに僕も完全にユーザーの一員になってしまった!

さて,今回は僕にはまだ馴染めないモノのことである.

1〜2年前,大学生がスニーカー型のペンケースを机に乗せているのを初めて見たとき,そうとは知らず,靴を机に乗せるとは何ごとじゃ!と思った.

すぐにそれはペンケースだと分かったのだが,まだ,どうしても一瞬,靴を机に乗せているように見えてしまって馴染めない.

それが本当にスニーカーとして履けそうなくらい本物に見えるからなおさらである.

このスニーカー型ペンケースについては,例えばこちらの記事を見ればどのようなモノか分かる.

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「以上と以下」そして「?と未満」

「以下」に対応するのは「以上」だが,「未満」に対応する表現を知らなかった.

ずーっと気になりつつも放っておいたので,思い立ってインターネット検索してみた.

すると,未満に対応するのは「超」だと書いてある.この場合の「超」は「ちょう」と読むそうだ.

普段「超」が使われない理由については上記検索結果にもいくつか見解を見つけることができるが,は,語呂(音,リズム,…)の悪さが一因になっているのではないかと思う.

例えば,「ちょう」が数の単位「兆」と同じ音なので紛らわしい.
あるいは,以下,以上,未満が,[い][か],[い][じょー],[み][まん]と2音節で構成されるのに対し,超は[ちょー]と1音節であるために用語として収まりが悪い.

この語呂の難点を解消する試案は,超を「こえ」あるいは「ごえ」と読ませることである.
そうすれば,数の単位と重なることがないし,音節も[こ][え],[ご][え]と2つになる.

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2011年5月 5日 (木)

外見と中身

Jila_sugarfreemintsブリキのおもちゃで育った世代のだからか,写真(クリックで拡大)のような構造に大きく心を動かされる.

使い捨てじゃなく,別目的で再利用できそうな感じがするあたりも,エコロジーとは無関係に僕の嗜好に合っている.

このように外見(パッケージ)が好みに合えば,たとえ中身が好みではなくても,損をした気持ちにはならない.
(僕が小学生の頃,ライダーカード目的で仮面ライダースナックを購入し,スナックを捨てるのを見聞きしたことがある.僕はそれをするほどのめり込まなかったが,これはミントのパッケージで満足することに通じる感覚であろう.)

このミント(JILA Sugar free mints)は,外見ばかりでなく中身も満足の行くモノであった.
滅多に行かない店で買ったから,次に買えるのはいつになるか分からないが,見つけたらまた買いたい.

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2011年5月 4日 (水)

別の斜め

Suckerstand_1Suckerstand_2

以前に紹介した斜めの続編である.

これは Sucker Stand という商品名で販売されているモノである(通販サイトAmazonへのリンクはこちら).

iPhoneなどのスマートフォンを意識したモノのようであるが,写真のように使うこともできる.

因みに,"sucker" には吸盤という意味があり,"toilet sucker" はトイレのスッポン(トイレの詰まりを取る道具)のことである.

この商品は間違いなく,トイレのスッポン型デザインのスタンドである.

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2011年5月 2日 (月)

顔:ペンの試し書きの場合

Tamesigaki

ペンの試し書きにさまざまな顔が見える.人間,動物,アニメのキャラクターのようなもの,….

一例として,にはこのように人間の顔が見える.

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2011年5月 1日 (日)

顔:路上の場合

Facestreet1

路上のフタに顔を見た.

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顔:壁の場合

Facewall1

Facewall2

壁のネジ穴跡に顔を見た.

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マウスは,ポインターかカーソルか?

パソコンで,マウスの動きに連動して画面で動く矢印のことを,はマウスポインター(あるいは単にポインター)と呼んでいた.僕だけでなく,僕の世代の人々は皆そうだと思う.

しかし,ある英語の本では cursor (カーソル) と呼んでいたので,日本では一般にポインターと呼んでいるけど,英語ではカーソルなんだなーと思っていた.

僕の認識では,カーソルはワープロなどで文字の挿入位置を表示する縦棒(や四角)だったから,日本は英語とは違う表現が浸透してしまったのだと思っていた.この時点でも僕は,日本ではポインターと呼ぶのが一般的だとの認識をまったく疑わなかった.

だから,数年前に,身近な大学生10名ほどの前で,日本ではマウスの矢印をポインターというけど,英語ではカーソルと呼ぶのが一般的なんだよ,と蘊蓄を傾けたら,皆がポカンとした表情をしていたので驚いた.

変だなと思って尋ねてみたら,その場にいる全員が,それはカーソルと呼んでいます,とのことだった(^_^;)

焦った僕は,サンプル数を増やすべく,かつ理系文系のバランスのいい統計を取るべく,ちょうどいい機会を見つけて40名の男女大学生に尋ねてみたら,マウスの矢印をポインターと呼ぶ者が16名,カーソルと呼ぶ者が24名だった.

マウスの矢印を全員がカーソルと呼ぶのではなくて若干ホッとしたが,カーソルが多数であることは事実であった.

因みに,同じ40名にワープロなどの挿入ポイントを何と呼ぶか尋ねたら,ポインターが21名,カーソルが18名,無回答が1名であった.

英語の筆記体を学ばなかった人々が既に大学を卒業している現在,自分の経験や知識や認識に頼り切っていては教育は成り立たないと肝に銘じなければならない.

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ことばと発想

ことばと発想は密接な関係がある.

例えば,その人のことば(あるものごとやできごとの解釈)を聞けば,その人の発想が分かる.

同じ状況(事態)を表現するのに,「〜はできなかった」と言う人と,「〜はできている」という人では発想や態度が正反対であることが分かる.

がドイツ語を学んだときに興味深いと思ったのは,英語と正反対の発想で作られた一対の言葉があったからだ.

日本語の「直接 - 間接」に対応する英語は「direct - indirect」である.

英語では un や in は,「不…」「非…」などの意味で,それに続く単語に付いて反対の意味を表わす.
だから,indirect は direct (直接) の反対だから間接の意味になる.

ドイツ語でも,un は反対の意味を作るのに用いられる.

ドイツ語には,「mittelbar - unmittelbar」という単語がある.
mittelbar は間接という意味で,それの前に un が付いた unmittelbar は間接の反対で直接を意味する.

まず直接があり,その反対語として間接がある英語を使う人々と,まず間接があり,その反対語として直接があるドイツ語を使う人々では,きっと発想が違うのだと思う.
この観点から見れば,日本語(や中国語)を使う人々は,どちらにも偏ることなくバランスが良いのかもしれない.

《参考》ドイツ語にも,英語の「direct - indirect」に対応する「direkt - indirekt」という単語がある.

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