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2011年1月20日 (木)

あまのじゃく再考

最近の自分は「あまのじゃく」ということばを安易に多用しているように思えて,「あまのじゃく」ということばの利用にあまのじゃくではなくなっている自分にふと気づき,ことば「あまのじゃく」を冷静に考え直してみようと,手っ取り早くWeb検索してみた.

その検索結果の第1頁に目を走らせると,あまのじゃくのススメが目にとまった.タイトルはよくあるパターンだが,3行だけ示されている内容抜粋が僕のアンテナに引っかかった.そこには「あまのじゃくな人の代表として,中島義道『私の嫌いな10の言葉』新潮社(2000)も挙げておきたい.」と書かれている.あまのじゃくの代表と言われる人物が存在することが面白くて,その上そのあまのじゃく氏が,好きな言葉じゃなくて嫌いな言葉について本を書いているとは!
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すぐに注文したその本が届いたので,著者が嫌いな言葉の一つ目「相手の気持ちを考えろよ!」をまず読んでみた.

それは大変に過激だが徹底した考えだから,相手にどう見られているか意識の強い僕のとは量どころか質が違うから,こんなのとを言うのはおこがましいが,なんだかこのノオトで僕が表現しているメッセージに通じる部分があるように思えてうれしくなった.
(ただ,根幹では同じでも,哲学者である著者と,伝わりの科学に取り組んでいるコミュニケーション科学者である僕の問題意識の違いはあるが.)

僕は子どもの頃から「他人と同じ」を嫌っていた.そのような僕が大学生になりことばや表現を強く意識し始めると,よくある言い回しを嫌って文章を書いていた.よくある言い回しを使わないと書くのに苦労するのだが,「みんなが安易に使う言い回し」を使いたくなかったから,時間がかかって苦労しても,それが誰に見せるでもない日記でも,そういう文章を書いていた.

そのようにある意味意固地になっていた僕が勇気づけられたのは,阿川佐和子さんのエッセーで紹介されていた父親からのメッセージだった.表現者となった娘・佐和子さんが父親に言われたことばの内容がそれと同じだったからである.小説家が娘に助言したことを自分が実践していたと知り,うれしくなり,勇気づけられたのだ.

このようにあまのじゃくな僕が,人と人が如何にして理解し合えるかに関する研究をしているというのも,きっと意外性があるから,僕のあまのじゃく的自尊心が満足するのである.

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