« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011年1月

2011年1月20日 (木)

あまのじゃく再考

最近の自分は「あまのじゃく」ということばを安易に多用しているように思えて,「あまのじゃく」ということばの利用にあまのじゃくではなくなっている自分にふと気づき,ことば「あまのじゃく」を冷静に考え直してみようと,手っ取り早くWeb検索してみた.

その検索結果の第1頁に目を走らせると,あまのじゃくのススメが目にとまった.タイトルはよくあるパターンだが,3行だけ示されている内容抜粋が僕のアンテナに引っかかった.そこには「あまのじゃくな人の代表として,中島義道『私の嫌いな10の言葉』新潮社(2000)も挙げておきたい.」と書かれている.あまのじゃくの代表と言われる人物が存在することが面白くて,その上そのあまのじゃく氏が,好きな言葉じゃなくて嫌いな言葉について本を書いているとは!
(通販サイトAmazonへのリンクはこちら)

すぐに注文したその本が届いたので,著者が嫌いな言葉の一つ目「相手の気持ちを考えろよ!」をまず読んでみた.

それは大変に過激だが徹底した考えだから,相手にどう見られているか意識の強い僕のとは量どころか質が違うから,こんなのとを言うのはおこがましいが,なんだかこのノオトで僕が表現しているメッセージに通じる部分があるように思えてうれしくなった.
(ただ,根幹では同じでも,哲学者である著者と,伝わりの科学に取り組んでいるコミュニケーション科学者である僕の問題意識の違いはあるが.)

僕は子どもの頃から「他人と同じ」を嫌っていた.そのような僕が大学生になりことばや表現を強く意識し始めると,よくある言い回しを嫌って文章を書いていた.よくある言い回しを使わないと書くのに苦労するのだが,「みんなが安易に使う言い回し」を使いたくなかったから,時間がかかって苦労しても,それが誰に見せるでもない日記でも,そういう文章を書いていた.

そのようにある意味意固地になっていた僕が勇気づけられたのは,阿川佐和子さんのエッセーで紹介されていた父親からのメッセージだった.表現者となった娘・佐和子さんが父親に言われたことばの内容がそれと同じだったからである.小説家が娘に助言したことを自分が実践していたと知り,うれしくなり,勇気づけられたのだ.

このようにあまのじゃくな僕が,人と人が如何にして理解し合えるかに関する研究をしているというのも,きっと意外性があるから,僕のあまのじゃく的自尊心が満足するのである.

| | トラックバック (0)

2011年1月10日 (月)

時代?不変?---成人式

1990年が最近という感覚のだから現在の若者からすると相当に感覚がズレているのかもしれないが,昨日駅に降り立った際の光景には戸惑った.

僕にはごくありふれた日曜日に,いつもの駅で電車を降りたら,そこにはホストの集団がいた!

が,この街にこれだけの数のホストが集結しているとは考えられないと冷静に判断した僕が次に考えたのは企業の新人研修だった.

が,が,入社して9か月が経った割にはネクタイの収まりが悪い.

同じホームにいる晴れ着の女性たちを見てやっと,成人式であることに気づいた.

成人の日は1月15日と決まっていた時代に育った僕には日付の感覚がズレていた上に,縦ストライプの紺スーツを身にまとい,ホスト風ヘアーをした青年集団と成人式が結びつかなかった.

僕の成人式を振り返ってみると,テーマは「他人と違う」であった.

その当時も,縦ストライプではなかったもののスーツは紺が相場だったから,紺だけは避けたいと思った.

紺スーツが大半を占めていた式典会場にあって,まったく別の色の僕は目立っていた,というより浮いていた.今の自分の感覚からすればもっと冒険すればよかったと思うが,既に十分にあまのじゃくだったとはいえまだ幼かった僕にはスーツの色を違えるのがせいぜいだった.

とはいえ,変にオトナだったりして,(当時はホンモノのホスト以外はしていなかったであろう)ホスト風ヘアーにピアスでドン引きされるよりはましだったかもしれない.

| | トラックバック (0)

2011年1月 9日 (日)

日常生活微小変更健康法(追記)

日常生活微小変更健康法に,階段の上り方を追記しました.

| | トラックバック (0)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »