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2010年11月

2010年11月26日 (金)

困った設計(続)

iPhoneとiPad用のOSが2010年11月22日にアップデートされた(iOS 4.2.1).

そこで、早速アップデートを行ない,困った設計で取り上げたシャッター音の仕様に変更があったかどうか確認したところ,残念ながら,相変わらず画面スクリーンショットでも大きなシャッター音がする.

そこで,アップルのサイトにある,ユーザーの意見や報告を受け付けるフィードバック・ページで要望を書き込んだ.

動向を見守ろうと思う.

《変更:2011/03/06》タイトル修正「困ったサービス(続)」→「困った設計(続)」.

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2010年11月15日 (月)

遊びの大切さ

よく、遊びが大切だというが、それは、基本的にはコツコツと真面目に取り組む中で、“時には”遊びがないと萎縮してしまう(発想が膨らまない)ということだ.

余裕やゆとりのことを遊びという.

自動車のハンドル,引戸や扉の立て付け,ネジ,などなど,ゆとりがないと機能しないものが沢山ある・・・というより,ほとんどはそうだ.

自動車のハンドルを少々動かしても自動車は曲がらないから,人間の(厳密にいえば)不安定なハンドル操作でも自動車が安定して走行する(実のところ,自動車はそのように設計されている).また,ネジがネジ穴に入るのはすき間があるからであって,ネジとネジ穴がピッタリきつくなっていてら,ネジとして機能しない.

あらゆるモノは、(寸法上の)ゆとりがあるから機能するのである.

さて,この歳になったにはお恥ずかしいのだが,この,ゆとりの意味の「遊び」も英語で play ということを,最近になって辞書で引いて知った.

さてさて,最近,この遊びが重要な例,遊びがあるゆえに助けられている例にはたと気付いた.

それは,ボトルのプッシュ式のシャンプー(やリンスやボディーソープ)である.

シャンプーが最後まで完全に使い切れる構造をしていたらどうだろう?

浴室でシャンプーを使おうと思ってプッシュ式ポンプを押してズズッと音がして初めてシャンプーが切れているのに気付いたら,詰め替えのシャンプーを補充するためにいったん浴室を出るか,誰かを呼ばなければならない.

それが,(意図的にか偶然にかは不明だが)現実には最後の一滴までは吸い上げられない構造をしているから,ズズッ,ブシュブシュっと音がしても,ボトルを逆さまにすれば1~2回は使えるために,ほとんどなくなったことに気付いても,浴室を出たり,誰かを呼ぶ必要がない.

よくこのような状況に遭遇するから,ふと,このようなことを考えた.

これについて更に一歩考察を進めてみれば,昔はプッシュ式ではなく,手で持ち上げて側面を押す方式が一般的だったから,使用するたびに(無意識に)手に感じる重さで減りを感じられたが,プッシュ式になり、そのような感覚を使う必要がなくなった.これにより、動物としての人間の感覚も麻痺してゆくのかもしれない.

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2010年11月11日 (木)

鳩に豆鉄砲?

「鳩が豆食ってパ」・・・これは昭和のサラリーマンが出勤前の持ち物チェック(忘れ物チェック)に使っていた語呂合わせと聞いている.

実用的に用いたことはないにしろ,もこのことばには慣れ親しんでいる.

インターネット検索すると,この言い回しについて多数の解説を見つけることができるが,それぞれに微妙に違っている.その中で,僕の記憶と最も近いのは次の対応関係である:

ハ:ハンカチ
ト:時計
が:がま口(財布)
ま:万年筆
め:名刺
く(っ):くし
て:手帳
パ:パス(定期券)

米国でも同様の語呂合わせで忘れ物チェックをする例があることを知った.

それは,「Mind パフォーマンス Hacks---脳と心のユーザーマニュアル」(通販サイト・アマゾンへのリンクはこちら)の「1章 記憶 Hack #1 忘れ物チェックリスト」で紹介されている.

が,それは「鳩が豆食ってパ」と比べると大変に労力を要する方法である.

まず,唱えやすいように数字と単語の対応を語呂合わせする.

one (ワン) → gun (ガン:銃)
two (ツー) → shoe (シュー:靴)
three (スリー) → tree (ツリー:木)

という具合に.

つづいて,覚えたいものと銃,靴,木などを組み合わせた連想を考え出すのだそうだ.例えば,

散らばった銃弾 → 散らばった「薬」
巨大な靴に住んでいる女の人が,靴の家の玄関を開けようとしている → 「鍵」
木から電話が生えている →「携帯電話」

その章にも書かれているように,こうなるともう,語呂合わせというよりは記憶術である.

こう考えると,語呂合わせ(ダジャレなど)には,日本語が大変に向いているようだ.

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2010年11月 9日 (火)

ダジャレアーカイブズ:企画会議

ダジャレ・アーカイブズ企画会議を追加.

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2010年11月 8日 (月)

困った設計

現在,日本の携帯電話では写真撮影時に必ずシャッター音が鳴り,その音量を小さくする設定がないが,それは民間自主規制のようだ.
(総務省Webサイト内にある「ユビキタスネット社会の課題と取り組み状況(その1)」というPDFファイルにそう書かれている.)

ところが,その自主規制を知ってか知らずか,iPhoneが日本に上陸した2008年7月から,2010年6月のOSアップデートまでの間,シャッター音を消すことはできなかったが音量の調整が可能で,環境音の中ではほとんど聞き取れないレベルまで小さくすることができていた.

小心者の側面も有するは,不法改造品を使用しているような落ち着かなさを感じつつも,同時にあまのじゃくの側面も有するから,それに反応してくれる知人のツッコミを楽しんでいた.

2010年6月からは,そういう訳で,正々堂々とカメラ機能が使えるから,胸のつかえが下りた気がした.

ところが,である.

写真撮影とは異なる状況でも大きなシャッター音がするために,周囲の人々から怪しまれていないかとそわそわすることがある.

パソコンに,スクリーンのその瞬間の見栄えを画像として保存できる機能(スクリーンショットを撮る機能)があるように,電話機能付極小パソコンと言い換え可能なiPhoneにも同じ機能が付いている.

そして,iPhoneでスクリーンショットを撮るときにもカメラと同じ音量のシャッター音がするのだ!

盗撮と疑われやしないかとドキドキしてしまうから,電車内では思うようにスクリーンショットを保存することができずに困っている.

このことはOSがアップデートされた当初から感じていたことなのだが,無意識のうちにあきらめていた.なぜか,「撮影時のシャッター音は不可避」という事実だけに漠然と納得していて,状況が違うことを十分に認識していなかった・・・ほんの1か月ほど前に知人Sの口から,写真撮影とスクリーンショットは状況が違うのに,と聞くまでは.

今月,OSのアップデートが予定されている.この件がどう対応されているか確認し,合理的な修正(スクリーンショット時は音量調整可)が施されていない場合には,要望としてあげてみようと思う.

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