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2010年9月

2010年9月28日 (火)

気恥ずかしいネーミング

おすすめ」に反発するあまのじゃくのだから,健康指向ではないのにそう思われるのは嫌だ.

だから,僕の大好物という理由だけで注文しているのに,まるで僕が健康に気を使った食事をしているかのように誤解されかねない「健康セット」というネーミングを口に出すのは嫌だし気恥ずかしい.

しかも,食事を持ってきてくれたときに「牛丼の並と健康セットお待たせしましたー!」と元気な声で店中に知らされるのは,なお気恥ずかしい.

これは牛丼店「すき家」でのことである.

それにしても,このネーミングはちょっとおかしい.僕の大好物の冷奴と味噌汁のセットにそのような気恥ずかしくなるような名付けをしておきながら,その他のセットはとーっても無難なネーミングなのだ.

おしんこと味噌汁なら「おしんこセット」,それに生たまごが加われば「たまごセット」,サラダと味噌汁なら「サラダセット」というように!

仮に,冷奴と味噌汁を合わせて食べれば健康になるのだとしても,あまのじゃくの僕はそんな大々的にじゃなくて,ひっそりと健康になりたい.

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2010年9月26日 (日)

恐い!

錯視を通じて平和な楽しさを感じることができるから時折訪れているサイトで,恐さをおぼえた.

日本にもこのような絵が描かれた路面がある.これは路面に出っ張りがあるように錯覚させてスピードの出し過ぎを抑制させようというものである.そのリンク先でも述べられているように,その錯覚は,はじめてなら有効かもしれないが,二度目からは効果がなさそうだ.

同様の発想で,それよりも強いハッと感を意図して作られたのがこの絵のようだ.

それは,カナダの,避けられる事故を防ぐ会(これはの試訳;原名はThe Community Against Preventable Injuries)が行なっている試みである.

僕はこれを見て,とても恐ろしくなった.いったい誰が本気でこんな危険なことを考えているのかと.サービス向上のためのクレームどころの話ではない,これには声を上げなければならないと.

その会のWebページを訪れて,僕と同様の考えを持つ多くの人々による,心配や危険を指摘するコメントを見てホッとした.と同時に,そのような多数のコメントにも動じない様子が心配ではあるが,その会による強行は世間の正しい判断が防いでくれるだろう.

蛇足だろうが念のため書いておく.

僕が心配しているのは,路面に飛び出した少女の絵が単なる絵だと分かって慣れてきたドライバーが,本当に道路に飛び出した子どもを引いてしまう危険である.これはオオカミ少年にたとえることもできるが,僕がとっさに頭に浮かんだのは,筒井康隆の短編集「心狸学・社怪学」(通販サイトAmazonへのリンクはこちら)に出てきた…と記憶している…シーンである.

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2010年9月25日 (土)

郷に入っては郷に従え

ノオト「写真の撮り方」に書いたラーメン店の店内は静寂が支配している.

聞こえてくるのは店主が麺の湯切りをする音,冷蔵庫の開け閉めの音,客が麺をすする音,自動券売機にお金が投入される音くらいである.会話はもちろん,おいしいねという発言も御法度である・・・のだと思う(下方参照).ともかく静かにしていなければならないのだ.

いらっしゃいの声もかからないその店に初めて行ったときには,息を殺さなければならないほどの緊張を感じた.一度経験すればいいかな,という気持ちであった.

が,そのラーメンのおいしさが忘れられずに時折出かけるうちに,静寂にも慣れてきて,その静寂がむしろ心地よいと感じるようになってきた.何より,店主がラーメンを作る一挙手一投足をカウンター越しに見ているのが楽しい.何度見ても飽きない.

はじめて訪れて以来数年が経ち,が通う頻度も高くなり,その店の暗黙のルールの理解も徐々にではあるが進んで来たら,無口な中にも店主とコミュニケーションをとる方法を身につけることができた.

それは,見るからの常連客がしていたことを真似ることから始まった.

椅子に腰掛けて食券を出す際に「よろしくお願いします」と言うと,「はい」と返してくれた.「写真を撮ってもいいですか」と訊くと,「どうぞ〜」と答えてくれた.「ごちそうさま」とお礼を言うと,「はい,どうも〜」声を掛けてくれた.

さて,最近その店に行ったとき,ある場面をはじめて目撃した.それは業者が食材を納める場面である.

一般に業者は,店の営業時間ではあっても「こんにちは〜!お待たせしました〜」と元気に入ってくるものだが,その業者は,そーっと入ってきて,声にならないほどの小さなささやき声で「じゃっ,ここに置いときます」と言って静かにドアを閉めて帰って行った.

客ばかりでなく業者も雰囲気作りに協力しているのに感心した.

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2010年9月24日 (金)

メモ:Macアプリケーション:Safari 5

Safari《Safariで前回終了時のウィンドウとタブを再現する方法があった》・・・結論を見るには最下方へ!

Apple Mac OS X には,WebブラウザーとしてSafariが付属している.WindowsにInternet Explorerが付いてくるのと同様である.

Apple愛好者としては,Apple支持の一環としてSafariを支持するためにメインのWebブラウザーとして使っているが,アクセスするWebページによっては期待通りに機能しないことが時折ある.

が知っている範囲で最も適応力が高いWebブラウザーはFirefoxであり,普段からSafariとFirefoxを同時に立ち上げて使い分けている.(Chromeも興味深いが,僕が普段利用しているWebサービスの中に利用できないものがあるので,日常的な利用には至っていない.)

SafariになくてFirefoxにはある(と思い込んでいた)有用な機能は,起動すると前回終了時のウィンドウとタブがそのまま再現されるところである.

早くSafariにもその機能が導入されればいいのになぁーと期待しつつも,なかなか導入されないことを残念に思っていたら,実は最新のSafari(バージョン5)には同等の機能が付いていた.最新のSafariを使って少なからぬ日数が経過したが,つい最近までそれに気づかなかった(ひょっとするとSafari バージョン4にも付いていたのに気づいていなかっただけという可能性もある!).

気づかなかったのには訳がある.

Firefoxは,起動すると前回終了時のウィンドウとタブが自動的に再現されるが,Safariの場合にはそうはならずに,メニューから選択してはじめて再現されるので,そのメニューがあることに気づかなかったのだ.

Safariで前回終了時のウィンドウとタブを再現するためには次のようにする:
 [履歴] > [最後のセッションの全ウィンドウを開く]

以上.

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2010年9月17日 (金)

分かってるよー(^_^;)

Angerノオト「苦情?提案?」でも述べたように,はクレーマーである.

最近行なったクレームは,地上アナログテレビ放送が終了し地上デジタルテレビ放送に切り替わる2011年7月24日まで1年となった7月頃から,テレビのアナログ放送で流されている総務省からの告知に関するものである.
(気持ちに余裕がある方は「地デジ化!?」もご覧下さい.)

既に地デジに切り替えている人には分からないだろうが,7月頃からアナログ放送の表示に変化があった.

アナログ放送の映像が地デジサイズの横長に変わったのだ.

このこと自体は,おおむね,アナログ放送視聴者,デジタル放送視聴者,そしてテレビ制作者の三者すべてに歓迎すべき内容である.

なぜなら,それまではアナログ放送とデジタル放送では表示範囲が異なっていた(アナログ放送ではデジタル放送の両端が切り取られていた)ため,

  • アナログ放送視聴者にとっては,見える範囲が狭かった.
  • デジタル放送視聴者には,時刻表示,スポーツの得点表示,右上のコーナー説明などなどが,妙に中央に寄っていた.
  • テレビ制作者には,デジタル放送の表示範囲の広さを活かしつつも,表示範囲の狭いアナログ放送視聴者にも情報の損失がないように配慮する必要があった.
などの不便が解消されたからである.

サイズ変更されたアナログ放送の上下にできたスペースがそのまま黒く残っていればよかったのだが,そこにはひっきりなしに(数分おきに),アナログ放送終了に伴う注意が表示されるのだ.

もう分かってるのに,長々と丁寧に繰り返される注意があまりにも目障りなので,その中で案内されているコールセンターに電話して,僕の意見を伝えた.

僕の今回のちっちゃなクレームが無視できるくらいに多数で強力なクレームの芽を摘んでおきたい気持ちは理解できるが,ほどほどにしてもらいたいものだ.

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2010年9月16日 (木)

発想の勝利

Aretheyflowers駅で見かけた広告に発想の勝利を見た.

というのは,それを見たときの感動の大半が技術によってもたらされたのではなく,使われているのは簡単な技術だが,発想が素晴らしいために感動を呼び起こされたからだ.

ハイテク過ぎずにローテクの要素があるモノ,デジタル一辺倒じゃなくてアナログの要素のあるモノに強く惹かれるの心が強く揺さぶられたのが,この広告(クリックで拡大)である.
(ローテクを巡る僕の考えについては,ノオト「レトロ・テク」「立体視」も参照)

一見すると,そこには,コンピューター・グラフィクスで作成されたとおぼしき花模様があしらわれている.

が,詳細を見るとそれは,ポーズをつけた一人の人間をぐるっと放射状に配置しただけなのだ!
(部分拡大写真を見るにはここをクリック)

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2010年9月12日 (日)

音に気づく,音を感じる

Sound_of_what自身が,企業との共同制作で科学館に設置することになった体感型展示を準備していたとき,その情報は僕の目に飛び込んできた.

それは,NTTインターコミュニケーション・センター(略称:ICC)での夏の展示『ICCキッズ・プログラム2010「いったい何がきこえているんだろう」』である.

「キッズ・プログラム」なるネーミングにもためらうことなく,僕はその会場を訪れた.

そこには,音を形にしてみたり,自分の描く絵を音に変換してみたり,目では感じられない電磁波を音にしてみるなど,芸術的にも技術的にも高い水準の,興味深い,体感型展示があった.

間違いなく子どもにも面白いが,大人だからより一層楽しめた.

僕たちの展示との共通点や差異を探り,そして,芸術性や見せ方の上手さを学びつつ,情報と刺激を受けた.

上の写真(クリックで拡大)は,写真撮影禁止のセンターにあって,警備員の了解を得てセンター外のポスター前で記念に撮影したものである(^_^)

僕の頭部からは,いったい何が聞こえるんだろう!?

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2010年9月 8日 (水)

カタカナと“ひながな”

表記タイトル「カタカナと“ひながな”」を漠然と眺めると「カタカナとひらがな(片仮名と平仮名)」と読んでしまうと思うが,もう一度よく見れば,「ひらがな」ではなく「ひながな」となっていることに気づくだろう.

これは,ある情報機器のキーボード刻印ミスの実例で,販売後に判明したとのことで最近ニュースになったものである[ニュース例はこちら].

刻印ミスのおかげでキーの無償修理をするというから,販売元の会社にとっては少なからぬ損失である上に,厳しい向きからは非難の対象となりかねない.
が,はといえば,非難の部分に関しては,まったくそういう気持ちにはならない.

それが,愛すべき人間的な過ちと考えるからである.
さらに言えば,過ちがあっても無意識に見過ごして流れが読める(=文脈が読める=コンテクストが読める=空気が読める)能力の方に感心してしまうからである.

もっとも,流れが読めることと先入観で誤解してしまうことは表裏一体だから,そこがまた面白いところであり,難しいところでもある.
それに,どうせ通じるんだから間違ってたっていいのか,漢字は正しく書けなくていいのか,などなど,単純に面白がってはいられない要素も多い.

こんなことを考えていたら,四半世紀前の友人のことばを思い出した.
友人は周囲からは変わり者と思われていた.(友人にはかなわないものの僕も少々変わっていたから,よく一緒に変なことをして人々を楽しませようとしていた.)

その友人が言うには,本当は感謝したくもないとき,それでも社会性を保つために感謝の言葉を述べた方がいいと思うときには,「ありがとう」の代わりに「ありなとう」と言うとのことだった.
自分の本心を偽ることなく相手の気持ちも満足させる魔法のことばだなぁと感心した記憶がある.
もちろんそれは,「ありなとう」と言えば相手には「ありがとう」に聞こえるからだ.

さて,厳密には「ひながな」現象とは異なるが,本質的には同じであろうと思われる不思議が昨年の春(2009年5月頃)に話題になった.

それは,文章をひらがなとカタカナだけで書き,単語内の文字をデタラメに入れ替えても,普通に読めてしまうという事実である[紹介記事はこちら].

とても興味があったので,すぐにインターネット検索で調べてみた.その結果分かったのは,それは2003年にインターネット上で話題になった英語版の文章を日本語に翻訳し,その日本語をひらがな,カタカナ書きして単語内の文字をデタラメに入れ替えたものだということである.

ルーツと思われる記事はこちら.ルーツと思われる記事を引用しつつ統計学的な考察をしているのはこちら.2007年に書かれて,コメントに多くの情報や見解がよせられている記事はこちら

この問題について僕は,まだまったく問題点を絞りきれておらず,今後の見通しも定かではないが,時折ちょこちょこと思い巡らしては,発想の芽が枯れないように大切に養っている.

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