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2010年8月

2010年8月29日 (日)

バーボンじゃなくてウイスキー!

十数年の間に10度ほど行っているカラオケボックスでは,メニューにウイスキーがない.

は,最初から最後までビールということもあるが,最初はビール,その後はウイスキーという飲み方が多い.

その店に行きはじめの頃,ウイスキーがメニューになかったので,あきらめて全く別の飲み物を頼んだ.次に行ったとき,久々のことだからアルコールの品揃えのことは忘れていてウイスキーを探し,それがないことを思い出し、仕方なくウイスキーに近いバーボンを頼んだ.
(ウイスキーとバーボンを飲まない人にはその違いが分からないだろうが,乱暴にたとえていえば麦焼酎と芋焼酎の違いである.焼酎も飲まない人向けに乱暴にたとえれば,緑茶と紅茶の違いである.)

それから数年後,メニューにウイスキーがないと知ってはいたが,数年経ってメニュー構成も変化したかもしれないので改めて確認したところ,やはりバーボンしか載っていなかった.

バーボンじゃなくてウイスキーを頼みたいという,長年にわたる小さな思いが積み重なって大きくなり,その日はどうしても確認してみたくなった.ウイスキーも頼めますか,と.

それに対する店員の返事は,意外にあっさりと,はいありますよ(^_^),だった.

やっぱり聞いてみるもんだなーと,自分の行動力を内心で自画自賛しているところへ届けられた飲み物を飲んでみると,僕にはバーボンとしか思えなかった(>_<)

とはいえ,そう断定するだけの自信はなかった.なぜなら,発売当初の明らかな異質感が薄れて発泡酒が広く普及し始めた頃,ビール礼讃派の僕が自信を持って挑んだビール・発泡酒飲み分けで負けてしまったことがあるからだ.

そのことを忘れかけた頃に再びその店を訪れ,懲りない僕は再び,ウイスキーできますか?,そして店員は、はいできますよ(^_^).

が,またしても,それは僕にはバーボンとしか思えなかった.執着とあきらめを使い分けている僕は,まあいっか,とやり過ごした.

そのような記憶も消えかけたある日,とある単独店舗の,こだわりマスターの洋風居酒屋で,ビールからウイスキーに移ろうとメニューを見たら,そこにはハッキリとウイスキーの分類があった.しかし,そこに挙げられていた銘柄はどれも僕の知らないものだった.

せめてどのようなウイスキーか,つまり,コクがあるのか,スッキリ系なのか,キツいのかなどを確認して選びたかったので店員に尋ねたら,的を射ない返事が帰ってきたから,それならと,名称から受けるインスピレーションで選び,運ばれてきたウイスキーを口にしたら,僕にはバーボンとしか思えなかった(^_^;)

店員に確認してみると,はいウイスキーです(^_^),とキッパリした答えが帰ってきた.

とはいえ,その店員はせいぜい二十歳そこそこで,カクテルくらいは飲んでるかもしれないが,ウイスキーもバーボンもよくは知らずに,マスターに教えられた通りに答えているに違いないから,すぐにあきらめて酒を楽しむ方に切り替えた.

と言いつつも念のためと,Web検索でその銘柄を調べてみたら,間違いなくそれはバーボンであった!

が,それと同時に目に入ってきたのは「バーボンウイスキー」の文字であった.

ハッとしてよく調べてみると,ウイスキーのひとつの分類であるバーボンウイスキーのことを短くバーボンと呼ぶことがあるとのこと.

つまり,僕の舌も,カラオケ店の店員も,こだわり居酒屋のメニューも店員も,ぜーんぶ正しかったということだった.

スッキリした(^o^)

教訓(負け惜しみ?)・・・からみ合ったひもがほどけたときの喜びは,からまりが激しいほど大きい.そのためにも,時にはすぐに調べずに思い巡らすことも大切である.

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2010年8月24日 (火)

数学ではない場面での数式的表現

Operations複数人で共同作業をし,それを著作や論文として公表する際には,名前を列挙するのが伝統的なやり方である.例えばAさん,Bさん,Cさんの共同作業の結果をまとめたものならば,「A,B,C」のように書く.それが学術英文誌であって,それを引用する際には「A,B,and C」と書くのが国際的な習慣である.

その同じことを,数式的表現を用いて「A+B+C」と書いている出版物もある.それは,3人の力を(足し)合わせて制作したという意味を込めているのだろう.

最近,あらゆる場面で「×」(掛ける)を見かける.AさんとBさんの共同作業の場合に「A×B」と表記したり,テレビ番組・爆笑レッドシアターでは,「取調室×我が家」のように「〈シチュエーション〉×〈芸人〉」といった使い方もされている.

「×」が使われ始めたのと同じかそれより以前に,「コラボ」ということばが流行った.コラボが「×」に置き換わったと言っていいだろう.因みにコラボはコラボレーション(collaboration)の略で,合作,共同制作,協力という意味である.

ところで,コラボを数式で表わすには,「+」よりは「×」の方がふさわしいと思う.なぜなら,「+」にはつなぎ合わせるという意味合いが強いから,例えば,曲のアルバムで「A+B」と表記すれば,Aさんが作詞作曲した5曲を自ら歌い,それとは独立にBさんが作詞作曲した5曲を自ら歌い,合計10曲のアルバムを制作したような印象を受ける.それに対し,「A×B」と表記すれば,Aさんの詞にBさんが曲を付け,それをAさんが歌うなど,互いに影響し合っている印象を受ける.これぞまさしくコラボである.

数学や物理の用語が日常表現に浸透した例は多数あり,その中には元の意味を活かしたいい表現がある一方で,誤った表現が定着してしまったものもある.その点で,この「×」は,元の意味を活かしており,科学的表現としての適切性にうるさいとしても,気に入っている.

さて,小泉今日子がアイドルとして一世を風靡していた頃,小泉今日子はキョンキョンと呼ばれており,そのキョンキョンは「KYON2」と表記されていた.これは「KYONの2乗」を表わす数式表現である.

キョンが2回ということなら,KYON+KYON=2 KYONという書き方もあり得るが,数式的には「キョンキョン」は KYON KYON = KYON×KYON = KYON2 であって,決して 2 KYON ではない.

Wikipedia・小泉今日子によれば,KYON2が使われ出したのは1980年代のことだが,その後少なくとも10年以上は,今の「×」と同じくらいに「○○2」という表現が流行した.

※ちなみに,「○○2」のように添え字の2を用いた表現ができない場合には,「○○^2」でそれと同じ意味を表わすと約束する場合が多い.マイクロソフト・エクセルもこの表現を採用しているから,セルに「=2^10」と入力してEnterを押せば,210(2の10乗)の値1024を表示してくれる.

こう考えてみると,次はどの数式表現が流行するのか予想してみたくなる.

四則演算のうち「+」「×」以外の2つ「−」「÷」は後ろ向きのイメージがあるから,あまり流行するようには思えない.三角関数(sin, cos, tan)や対数(log)は数学的に過ぎる・・・・・.

とりあえず,いったん予想はあきらめることにしよう(^_^;)

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2010年8月22日 (日)

ひと工夫の効果:ファッション編

Buttonはファッションには気をつかわずに生きてきた.

中学入学までの髪型は,後ろと横がバリカンのかりあげで,前髪はハサミでまっすぐ横にパッツンと切りそろえられていた.それは僕が希望したというのではなく,恐らく幼稚園児の頃に,親と床屋さんが推薦したのであろうその髪型を始め,一人で床屋に行けるようになっても,「いつもの通りで」を繰り返し,いつの間にか小学校を卒業する年齢になったに過ぎない.

中学生になってからは,写真を見ると前髪は自然にバラけているが,それが自ら言い出したものなのか,それとも床屋さんに「そろそろ中学生だから前髪をまっすぐ横に切るのは止めてみようか?」と提案されたからなのか,記憶に残っていない.

中学を卒業し,(詰め襟学生服の制服はあるものの)私服オッケーの学校に通い始めた当初,大多数の同級生は学生服で通学しており僕もそうしたが,一月ごとに学生服が減っていき,しばらくすると学生服は圧倒的少数派となったが,僕は卒業まで学生服を貫いた.貫いたというと、そこに強い意思があるようにも聞こえるが,そうではなく,私服が面倒で学生服が楽だからそうしていたに過ぎない.

大学に入ると、自分で選んで購入する私服が基本になったが,ファッションに無関心でセンスがなかったから,上着,ズボン,靴など単体での鮮やかさ,面白さ,好みだけで選んだものを無作為に組み合わせただけで,いま思い返せば10〜20年先を行き過ぎて周囲からは相当に浮いていたことだろう(^_^;)

このような僕だが,初老を迎えた辺りから,他人のファッションに目を向けるようになった.

自分と同世代以上の男性で,オシャレな,あるいはカッコいいファッションをしている人を目にすると,その人がなぜオシャレなのかを考えるようになった.同時に,オシャレじゃないファッションがなぜオシャレじゃないのかを考えた.

オシャレにおける中年男性の失敗パターンは《若作り》によるものが多い.その代表例は,クラシックな紺のジーンズにスニーカー,白のTシャツである.

それを反面教師であると認識して以来,それまでは一年の9割以上は紺のジーンズを履いていた僕も,紺は避けて黒のジーンズにしたり,ジーンズ以外のパンツを履くことが増えた.

できれば,悪い例を避けるだけではなく,いい例も試してみたいところだが,オシャレなファッションはどう見ても相当にお金がかかっている.その上,単にそれを入手するだけでなくそれを着こなす総合的身だしなみを整える必要があり,そこが難しい.

さて,前置きが長くなったが,本題である.

先日,電車の座席に座り,いつものように中吊り広告観察,人間観察,ファッション観察をしていたら,真っ正面にオシャレなシャツを着た青年が立った.

デザインや柄もオシャレなのだが,特にボタンの縫い付け方が目にとまった.シャツのストライプと同じ色の糸で,冒頭の画像の下側のような縫い方だったのだーーー僕の描き方が下手だから,そこで僕が感じたオシャレ感が十分に表現できていないことを了承下さい(^_^;)

一般的には図の上側のように縫い付けるところを下側のように矢印に見えるように縫うだけなのに,新鮮な印象になるだけでなく,縦に並んだボタンにダイナミズムが生じる.

ほんのひと工夫の成功例を見た.

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2010年8月18日 (水)

コミュニケーションと絵文字

Kaomojiある独身女将が一人で切り盛りする居酒屋に足繁く通う(独身)男子は,女将と同じキャリアのケータイの所持率が高いそうだ.常連になるまでは別のキャリアだった客が,常連になって女将と同じキャリアに替えることもあるという.

※ キャリア(正確には携帯電話キャリア)とは,携帯電話のサービスを提供する会社のことである.

数年前にその話を聞いたときには,にはその気持ちが十分には理解できていなかった.単に,好意を抱いている人と同じものを所持するうれしさとしか結びついていなかった.

が,パソコンで絵文字の送受信ができるサービスを試用してみて,その気持ちが理解できた.そのパソコン絵文字には,最新のケータイ絵文字の多様性には及ばないものの,基本的なものについては対応する絵文字が用意されている.しかし,デザイン,つまり形,あるいは表情が異なる上に,パソコンの1絵文字がケータイの2絵文字で置き換えられる場合があるなど,送信側が伝えようとするニュアンスと受信側が感じるニュアンスに差異が生じる可能性が否めない.

この種のサービスは他にもあるだろうが,僕が試してみたのはGmailである. / ニュアンスとは,文面だけでは表現できないノンバーバル情報(→ノオト「へたこいたー!」を参照)のことである. / 絵文字についてはノオト「黒メール」も参照.

ケータイのキャリアが替われば,絵文字のデザインや種類が異なるから,パソコン絵文字とケータイ絵文字の場合と同様にニュアンスの食い違いが避けられない.こう考えると,(今では当たり前になっているから無意識に使えてしまう)異なるキャリア間でのメール絵文字変換サービスは,無防備に使うと誤解の生じる元になりかねない.

コミュニケーションの円滑化を目論んだはずの絵文字だが,キャリアが混在しており,キャリア間で絵文字が統一されていない現状を踏まえれば,むしろ絵文字を使わない方が円滑なコミュニケーションができるという逆説が成り立ちそうだ.

結論として,本当にニュアンスの共有をしたいなら,相手と同じキャリアの携帯電話にするか,絵文字ではなく顔文字の使用にとどめるか,のどちらかがよさそうだ(^_-)

・・・・と,ここまで書いたところで,左上の画像「(*^o^*)」を作るためにさまざまなフォントを試したところ,フォントによって随分と印象の違う顔文字になることに気づいた.となると結局のところ,相手と同一キャリアの同一機種を使わない限り,完全にニュアンスを共有することはできないということになる.(ただし,まったく同じものを見ても人それぞれ感じ方が異なるという根本問題は残るから,そこまで立ち入った議論はさておいての話である.)

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