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2010年7月11日 (日)

写真の撮り方

Noodle2010summer中学生の頃に一眼レフカメラで写真を撮り始めただから,カメラ歴は30年を超えている.

その一眼レフカメラ(アサヒペンタックスSPII → これが僕のペンタックス)は,露出計こそ内蔵されてはいたものの,ピント,絞り,シャッター速度をマニュアル操作で設定する,オートマチックとは無縁のカメラだったから,今思えば大変に勉強になった.

ピント,絞り,シャッター速度の3要素に加えて,フィルム選択,照明設定と,まさに無限の組み合わせからどの設定を選ぶとどのような写真になるのか,その試行錯誤を通じて,我知らず光の科学の実践的な勉強をしていたように思う.
(アマチュアの僕が知る範囲でもう少し加えれば,フィルムの現像のしかた,印画紙への焼き付けのしかたによっても写真は大いに異なってくる.)

さて,今回の話題は写真の撮り方についてである.

そういう訳で,僕はこれまで,銀塩フィルムを使ったアナログ写真もデジタル写真も,膨大な枚数を撮ってきたが,想い出の写真としてみた場合に,その記念写真感,あるいは生き生き感,突きつめていえばオリジナル感(自分写真感)が感じられずに残念なことがある.

特にそれが風景や町並みだったりすると,ガイドブックに載っている(載っていそうな),けどガイドブックよりも下手に撮り直した写真に過ぎなかったりして,わざわざ自分で撮る必要がなかったんじゃないかと残念に思うことがある.

オリジナル感を出すためには2つの方法がある.
(1) ガイドブックにない被写体,アングルで撮る.
(2) 自分自身が入った写真にする.

知人Bなどはアマチュアながらも(1)の方法で上手な写真を撮るから,感心するととも参考にさせてもらっているが,そのようなセンスは一朝一夕に身につくものではないから,僕は主に(2)の方法を用いてきた.

しかし,自分が入るには誰かにシャッターを頼んだり,セルフタイマーを使う必要があるから限界がある.

長年ぼんやりとそのようなことを考えていたある日,テレビ番組で自分の撮った写真を披露する鈴木京香を見た.

司会者からは相当に風変わりな撮影方法だとイジられ続けていたが,僕の心の琴線には強く触れ,感心しっぱなしだった.

その方法は,自分の手,自分の車のミラー,料理中ならお玉など,ことごとく写真の左下隅に入れて撮るのだ.

彼女によれば,本当は自分も写真に入りたいのだが,ひとりだとそれができないからせめて自分(が使用しているもの)の一部を写真に入れようとしているのだそうだ.

それを真似して撮影したのが上の写真(クリックで拡大)である.

月に2度のペースで通っている行列のできるラーメン店の(期間)限定メニューを撮影してみた.とってもいいオリジナル感がでていてうれしい.

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