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2009年12月16日 (水)

ケータイを置き,街へ出よう!

書を捨てよ、町へ出よう」と書いたのは寺山修司だが,僕は,「ケータイを置き,街へ出よう」と言いたい.

自身,ケータイ(携帯電話)の便利さにどっぷりと漬かってはいるが,根の部分ではケータイ懐疑主義者でもある.

最近,知人と話していて,昔は駅に必ずあった伝言板のことを思い出した.
伝言板とは,チョークが備え付けられた黒板である.

駅といえば待ち合わせ場所の定番だが,ケータイがなかった頃はすれ違いがままあった.

そんなときに役立ったのが伝言板だった.

学校へ行くための待ち合わせでギリギリまで待ってみたものの,もはや遅刻しそうで先に行く場合には,「ゴメン!先に行ってるね・・・さゆり」とか,しばらく待ってみたものの相手が現われずに,やむなくその場を立ち去るとき,ひょっとするとしばらくしてから来るかもしれない相手に向けて,「今日は会えなくて残念でした.また連絡くださいね・・・のりか.13:30.」と書かれていたり,「Y先輩,好きです・・・N子」と思い切った告白があったりした.

ただ黒板に書かれているだけだから,消してしまうなど悪意のイタズラも可能だったが,そのようなことはほとんどなかったのだと思う.
あったのは,文字がラブリーに飾られていたり,ハートマークが付け加えられているなど,罪のないイタズラだった.

前日までに待ち合わせの時間と場所を約束し,ドキドキを楽しみ,あるいは少々の不安を感じつつ当日のその瞬間を迎え,相手に会えたときの安堵感や幸福感を覚える.
ケータイがなかった時代はそういうことが当たり前だった.

当たり前だったから考えなかったが,いま思うと,想像力が必要な,そして,想像力で楽しむことができた時代だったと思う.

出張先で夕飯でもと,ケータイを持たない同僚と出張前日に約束をするというひさかたぶりの体験をきっかけに,このようなことを考えた.

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