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2009年12月28日 (月)

人間科学マジック

Dice米村でんじろうさんの科学マジックに対し,僕はこれを人間科学マジックと呼んでいる.

もっとも,元来マジックは人間心理の科学に根ざしたショーであるから,「マジック」→「科学マジック」→「人間科学マジック」→ つまり →「マジック」と考えると,結局元に戻ってしまう感が否めない.

また,クラスルーム・ショーとしてのマジックを意識して始めたのは数か月前のことで,その上,現在のところ娯楽性を実証済みのネタはひとつしかないから,分類に名前を付けるのは時期尚早かもしれない.

しかし,ことばから受ける印象と実体の関係を表現するには少なからず意味があるだろうし,新分野の開拓を強く意識するには有効であろう.

さて,現在のところの唯一の人間科学マジックは次の問題と対応している.

【問題】サイコロを100回振って出た目を記録するように頼まれた人が,手抜き[*註]して実際にサイコロを振ることをせずにあたかもサイコロを振ったかのような数字を100個書いて報告したとする.その手抜きを見破れるか?

[*註] たとえとして分かりやすいからこの表現を使ったが,体験してみれば,実はサイコロを振る方が楽だと分かる.自分で書くのは結構神経を使う.事実,このように書いた数字のランダムさ(不規則性)は,脳の前頭葉機能判定に用いられることがある.

クラスで実施する際には,僕(実験実施者)が部屋を出ている間に,参加者(生徒)はサイコロ班と人間班(上記【問題】の表現を使えば手抜き班)に分かれて各自100個の数字を記録する.参加者の人数分の数字が出そろったところに僕が帰ってきて,数字だけを分析してサイコロ班の参加者によるものか人間班の参加者のものかを言い当てる.

これまで10代〜50代にわたる十数名の参加者に対して実施し,100%の見破りに成功している.

このように,あたかもサイコロを振ったかのように人間によって生成された数字は,日本では「人間乱数」などと呼ばれ,1970年頃には「乱数テスト研究会」によって豊富な情報が整理されている.人間が生成する乱数については,現在でも各国の研究者によって研究が続けられている.

上記の人間科学マジックは,できれば自分で発案したかったが,残念ながらそうではない.高校生や大学1年生,あるいは社会人向けの授業で数年来,素材として用いては来たが,サイコロにはなくて人間に特有な事実を示して意外性に興味を持ってもらうことが精一杯だった.

偶然目に(そして耳に)した情報 (Unloaded dice;公平なサイコロ) で,米国の大学教師が行なっているデモについて知り,早速自分なりに試してみたところ,上記のようにマジック的な演出を加えることができ,より強い印象を与えることのできるデモにすることができた.

では,このマジックのタネは何か? 気になる人もいるだろうが,ここには書かないことにする.インターネットの功罪のうち,罪の最たるものは「知ってる」を増やし「分かっている」を減らすことにあると思うからである.つまり,ここで「知って」しまうと,いつかこの人間科学マジックに触れたときに覚えるであろう身をもって「分かる」ことによる感動を奪うことになると思うからである.

さてさて,上の写真(クリックで拡大)は,このマジック用にと購入したサイコロたちである.正確にいうと,マジック用に10個程度購入しようと思って店に向かったのだが,品揃えの予想以上の多様性についうれしくなってしまい,あれもこれもと衝動買いしてしまった.

ただし,衝動買いとはいえ,冷静沈着で知られる(?)僕だから,同じデザインは各色,計5個などと系統だてて購入した.また,「愛してる・愛してない」あるいは「和食・中華・洋食」サイコロなど,面白すぎるサイコロも今回は冷静に見送り,せいぜいが「○・△・×」サイコロや正二十面体サイコロ(何れも上の写真中にあり)にとどめた.

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