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2009年12月

2009年12月29日 (火)

首都圏の駅の全面禁煙がもたらしたサービスの低下

Tobaccoはタバコを吸わないから,ここでいうサービスとはタバコを吸わない者(非喫煙者)にとってのサービスの低下のことである.

まずは喫煙者擁護論から.

合法的に販売されている上に,直接的,間接的に国の財政も支えているタバコなのに,喫煙者が最低限の権利さえも奪われて目のかたきにされているように感じていた.

僕もタバコの煙が嫌いだから,煙は極力避けて生活しているが,ある程度の権利は守られてしかるべきだと思っていた.

数年前,職場ビルの新築に際してさまざまな意見が求められ,その中に喫煙ブースを設けるか否かが入っていた.喫煙者が少数派の僕の職場では,不要論が大勢だったが,僕は設ける方に賛成する意見を述べた.結果は設置反対多数で喫煙ブースは否定された.

現在,管理体制が曖昧なままに曖昧な場所で運用されている喫煙コーナーは,もしも喫煙ブースがあったなら発生しなかったであろういくつかの問題が見え隠れしている.

さて,ここからは非喫煙者の視点にシフトして行く.

このビルと似た状況が発生し,引いてはタバコを吸わない者が害を被っているのが,首都圏の駅の全面禁煙である.
(JR東日本の場合,2009年4月1日にこの制度が始まった.JR東日本によるプレスリリースはこちら(PDF).)

それまではホームの端の方に設置されていた喫煙ブースも撤去されてしまい,駅構内でタバコが吸えるのは分煙された飲食店だけになった.時折目撃する光景は,タバコが吸えない電車旅で息も絶え絶えになったビジネスマンが,喫煙スペースに突進して行く姿である.

そのような突進ビジネスマンはマナーのいい人である.

マナーの悪い人はどうするかというと・・・,中学や高校でこっそりとタバコを吸う生徒と同じことをする.そう,トイレでこっそり吸うのだ!

だから最近は,駅のトイレの入口から既に強い煙草のにおいがする(男子トイレでの経験に基づく).
小用の場合には短時間だからまだガマンできるが,煙とにおいの発生源である個室に入って用を足したりすると,自分の体中ににおいが付いてしまい,その後半日はにおいが取れなかったりする.

喫煙ブースがあった頃はこれほどひどくはなかった.

これは,極端な排除にマナーが付いてこないことによりサービスが低下してしまった例である.

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2009年12月28日 (月)

人間科学マジック

Dice米村でんじろうさんの科学マジックに対し,僕はこれを人間科学マジックと呼んでいる.

もっとも,元来マジックは人間心理の科学に根ざしたショーであるから,「マジック」→「科学マジック」→「人間科学マジック」→ つまり →「マジック」と考えると,結局元に戻ってしまう感が否めない.

また,クラスルーム・ショーとしてのマジックを意識して始めたのは数か月前のことで,その上,現在のところ娯楽性を実証済みのネタはひとつしかないから,分類に名前を付けるのは時期尚早かもしれない.

しかし,ことばから受ける印象と実体の関係を表現するには少なからず意味があるだろうし,新分野の開拓を強く意識するには有効であろう.

さて,現在のところの唯一の人間科学マジックは次の問題と対応している.

【問題】サイコロを100回振って出た目を記録するように頼まれた人が,手抜き[*註]して実際にサイコロを振ることをせずにあたかもサイコロを振ったかのような数字を100個書いて報告したとする.その手抜きを見破れるか?

[*註] たとえとして分かりやすいからこの表現を使ったが,体験してみれば,実はサイコロを振る方が楽だと分かる.自分で書くのは結構神経を使う.事実,このように書いた数字のランダムさ(不規則性)は,脳の前頭葉機能判定に用いられることがある.

クラスで実施する際には,僕(実験実施者)が部屋を出ている間に,参加者(生徒)はサイコロ班と人間班(上記【問題】の表現を使えば手抜き班)に分かれて各自100個の数字を記録する.参加者の人数分の数字が出そろったところに僕が帰ってきて,数字だけを分析してサイコロ班の参加者によるものか人間班の参加者のものかを言い当てる.

これまで10代〜50代にわたる十数名の参加者に対して実施し,100%の見破りに成功している.

このように,あたかもサイコロを振ったかのように人間によって生成された数字は,日本では「人間乱数」などと呼ばれ,1970年頃には「乱数テスト研究会」によって豊富な情報が整理されている.人間が生成する乱数については,現在でも各国の研究者によって研究が続けられている.

上記の人間科学マジックは,できれば自分で発案したかったが,残念ながらそうではない.高校生や大学1年生,あるいは社会人向けの授業で数年来,素材として用いては来たが,サイコロにはなくて人間に特有な事実を示して意外性に興味を持ってもらうことが精一杯だった.

偶然目に(そして耳に)した情報 (Unloaded dice;公平なサイコロ) で,米国の大学教師が行なっているデモについて知り,早速自分なりに試してみたところ,上記のようにマジック的な演出を加えることができ,より強い印象を与えることのできるデモにすることができた.

では,このマジックのタネは何か? 気になる人もいるだろうが,ここには書かないことにする.インターネットの功罪のうち,罪の最たるものは「知ってる」を増やし「分かっている」を減らすことにあると思うからである.つまり,ここで「知って」しまうと,いつかこの人間科学マジックに触れたときに覚えるであろう身をもって「分かる」ことによる感動を奪うことになると思うからである.

さてさて,上の写真(クリックで拡大)は,このマジック用にと購入したサイコロたちである.正確にいうと,マジック用に10個程度購入しようと思って店に向かったのだが,品揃えの予想以上の多様性についうれしくなってしまい,あれもこれもと衝動買いしてしまった.

ただし,衝動買いとはいえ,冷静沈着で知られる(?)僕だから,同じデザインは各色,計5個などと系統だてて購入した.また,「愛してる・愛してない」あるいは「和食・中華・洋食」サイコロなど,面白すぎるサイコロも今回は冷静に見送り,せいぜいが「○・△・×」サイコロや正二十面体サイコロ(何れも上の写真中にあり)にとどめた.

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2009年12月22日 (火)

算数と野菜にかかわる不思議(続)

Calculator2算数と野菜にかかわる不思議の質問に対する日本人の回答がいくらか集まったので紹介したい.

知り合いの学生に協力してもらい,僕自身の調査と合わせて35名から回答を集めることができた.
回答者の年齢は,19〜24歳が33名,40歳代が2名である.

回答数の多い上位5つは

人参23%
白菜23%
キャベツ17%
トマト11%
ナス6%

となった.

人参(にんじん)が多めではあるが,英米人の場合の大多数にはほど遠い.

この結果を受けて,知り合いの学生たちから,日本人の場合は計算なしでいきなり「野菜といえば?」と聞いた場合の回答も大差ないのではないかとの仮説が呈示されたので,引き続き回答の収集を依頼したところ,快く引き受けてくれたので,来月中には紹介できると思う.

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2009年12月16日 (水)

算数と野菜にかかわる不思議

Calculator脳,人間,心理に関心がある人に迷いなく薦められる本,そして僕のネタ本のひとつでもある「MIND HACKS ― 実験で知る脳と心のシステム」(引用情報の欄を参照)の内容について,2年半ぶりに会った知人Tと話をした.

プライミングの項目に,ピザと10回言わせた後で,(「ひじ」を指さして)ここは?と聞くと,つい「ひざ」と答えてしまう例が紹介されている.
(プライミングのその他の例はこちらを参照.)

英語では,ひじとひざは混乱しないはずだから,日本人に分かりやすく工夫されたいい翻訳をしてるよね,と共感した.
と同時に,算数と野菜に関するくだりは,当然のように書かれているけど理解できないね,とこちらも共感した.

子供の頃によく遊んだよね,みんな理解できるよね,というニュアンスで書かれているのは次のようなものである(Mind Hacksの内容とは一部異なります).

━━━━━━━━━━━━━━━
質問にテンポよく答えて下さい.
2+4は?
3+3は?
5+1は?
2+2+2は?
では,最初に思い浮かぶ野菜は?
━━━━━━━━━━━━━━━

みなさんは何が思い浮かびましたか?
(これまで,「ノオト」ではコメントができない設定にしてきましたが,今回はコメントが可能な設定にしてみました.)

日本人にはまったく理解不能でありながら,英米人の大半の共通認識であるというこのゲーム,とても気になったので,知人Tと情報交換しながら調べてみると,詳しい解説に遭遇した.

解説には,

  • ある実験によれば66%〜90%が同じ野菜を答えること.
  • 英語を母国語とする人が相手じゃないとそうはならないこと.
  • まだ未解決の謎であるらしいこと.
などが記されている.
※ 解説Web頁はこちら (英国のサイト).

僕は,日本人がこの質問にどう答えるか調査を開始したところである.

英米人の大半の答えは人参(にんじん)だそうだ.

因みに,この質問に「なすび」と答えたある知人は,僕の調査結果を楽しみにしてくれているとのこと.

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ケータイを置き,街へ出よう!

書を捨てよ、町へ出よう」と書いたのは寺山修司だが,僕は,「ケータイを置き,街へ出よう」と言いたい.

自身,ケータイ(携帯電話)の便利さにどっぷりと漬かってはいるが,根の部分ではケータイ懐疑主義者でもある.

最近,知人と話していて,昔は駅に必ずあった伝言板のことを思い出した.
伝言板とは,チョークが備え付けられた黒板である.

駅といえば待ち合わせ場所の定番だが,ケータイがなかった頃はすれ違いがままあった.

そんなときに役立ったのが伝言板だった.

学校へ行くための待ち合わせでギリギリまで待ってみたものの,もはや遅刻しそうで先に行く場合には,「ゴメン!先に行ってるね・・・さゆり」とか,しばらく待ってみたものの相手が現われずに,やむなくその場を立ち去るとき,ひょっとするとしばらくしてから来るかもしれない相手に向けて,「今日は会えなくて残念でした.また連絡くださいね・・・のりか.13:30.」と書かれていたり,「Y先輩,好きです・・・N子」と思い切った告白があったりした.

ただ黒板に書かれているだけだから,消してしまうなど悪意のイタズラも可能だったが,そのようなことはほとんどなかったのだと思う.
あったのは,文字がラブリーに飾られていたり,ハートマークが付け加えられているなど,罪のないイタズラだった.

前日までに待ち合わせの時間と場所を約束し,ドキドキを楽しみ,あるいは少々の不安を感じつつ当日のその瞬間を迎え,相手に会えたときの安堵感や幸福感を覚える.
ケータイがなかった時代はそういうことが当たり前だった.

当たり前だったから考えなかったが,いま思うと,想像力が必要な,そして,想像力で楽しむことができた時代だったと思う.

出張先で夕飯でもと,ケータイを持たない同僚と出張前日に約束をするというひさかたぶりの体験をきっかけに,このようなことを考えた.

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2009年12月12日 (土)

発想の転換

以前TBSのテレビ番組「王様のブランチ」で紹介されたのを見て,その発想に唸らされた.

カレンダーといえば毎年更新するものに決まっていると思っていた.

曜日,2月の末日,秋分の日などが,その年のものじゃないと役立たないものだと.

と同時に,自分の手帳を1999年から電子機器[*脚注]に移行したは,過去の出来事を瞬時に見返すことができる機能性を垣間見せては周囲の人々の関心を引いてきた.

が,その「王様のブランチ特製バースデーカレンダー」にはやられた!

日付だけが用意されたこのカレンダーに記入した人々の誕生日(などなど)は,永遠にそのままで機能する.
新しい手帳やカレンダーに書き写す必要がなく,電子手帳でイベント繰り返し設定をする必要もないのだ.
何と機能的なことか!

3年日記帳,10年日記帳というものも,日記帳として類似の発想のものだが,このカレンダーのシンプルな機能の有用性は絶賛したい.

デザインがあれほどキュートじゃなければすぐにでも購入したいところだ.

[*脚注] 最初は IBM WorkPad c3,次は SONY クリエ PEG-TJ25,そして今は….

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脳波の意味

脳波は,大半の大人にとって馴染みのあることばで,詳しいことは分からなくても,どのようなものかイメージがわくことと思う.

実は最近まで,人類のだれ一人として詳しいことは分からなかったのだ.

あらゆる科学や技術がそうであるように,膨大に蓄積され,綿密に整理された経験則が実用をもたらす.
だから,「本当のところ」は分からないことの方が多い.

脳波も同様で,数十年以上前から脳の異常診断や研究に威力を発揮しているが,ニューロン(神経細胞)の活動と脳波の関係がやっと解明され始めたようだ.

ドイツ,Max Planck Institute の広報(ウェブページ)の表現でも,"For the very first time..." (まぎれもなく初めて…) が使われている.

ただし,現在の侵襲的なあらゆる脳研究がそうであるように,人間の脳で実験したのではないことを念のため付け加えておく.その実験はサルで行なわれた.

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2009年12月 4日 (金)

潜在危険デザイン

ウインカーでヒヤリ」(ノオト:2009/12/02)では過大な推測による判断ミスの経験を紹介したが,ここでは,潜在的に危険なウインカー(方向指示器)のデザインについて述べたい.

夜間,その車の後ろを走っている際に,ウインカーの指している方向の判断に一瞬だが迷いが生じた.

その時は車間距離に余裕があり,疲労もなく判断力が十分に高かったから問題にはならなかったが,場合によっては危険だったかもしれないと思った.

デザイン性を重視するあまり,安全性が少々犠牲になっているのではないかと思った.

「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」に関するインターネット情報を垣間見たところ,自動車のウインカーに関して,「燈色であり、点滅回数が毎分60回以上120回以下であること。」や,左右方向指示器の設置間隔,設置高さなど,かなりこと細かな定めがあるが,デザインに関しては制限はないようだ.

Car_winker_animation_075sその車の後部のイメージがこれである(左図のクリックでアニメーションを表示).
夜間だから赤いテールランプが点灯しており,オレンジ色のウインカーが点滅していた.
左折ウインカーなのだが,右を指しているような錯覚が生じるように思う.

Motion_illusiondotandbarこの錯覚は,棒はただ現われたり消えたりするだけなのに,棒が伸びたり縮んだりするように錯覚する運動錯視の一種だろう(左図のクリックでアニメーションを表示).
棒が伸び縮みしていないことを確認するには,白丸を覆い隠してみればよい.ただし,一度伸び縮みして見えてしまうと,その固定観念をなかなか拭い去れないから,指で隠したくらいでは相変わらず伸び縮みして見えてしまうかもしれない.その場合には,棒だけを残してその左右を隠せば事実が見えやすいだろう.

これを潜在的な危険と感じるのが僕ひとりではないとすれば,しかるべき組織に報告してみようと思う.

錯覚を紹介するウェブサイトは多いが,僕がよく人に紹介するのは「錯視と錯聴を体験!Illusion Forum イリュージョンフォーラム」である.

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2009年12月 2日 (水)

ウインカーでヒヤリ

Agedは運転免許を持って四半世紀になるが,今まで一点も減点されたことがない.その上,幸いなことに,自動車で事故を起こしたことがない.

とはいっても,事故の危険がまったくなかったわけではない.

小さな交差点で右折しようとしていて,渋滞気味の反対車線の車がパッシングして道を譲ってくれたとき,自分が曲がり始めたらスピードに乗ったスクーターが急に死角から現われて危うく衝突しそうになったことがある.

そのヒヤリ経験で,どこに注意を向けるべきかが頭にたたき込まれた.

このような,幸いにしてヒヤリ・ハットで済んだ多数の経験を通して,そして,ヒヤリ・ハットに至らない経験も合わせて,確実にドライバーとして成長している.

人によっては事故をしてみて学んだということもあるだろうから,僕はツイていたのだと思う.

さて,自動車のウインカー(方向指示器)にからんで,最近,ヒヤリ経験をし,同じ頃,潜在危険デザインの存在に気づいた.

そのヒヤリ経験とは,おじいさんが運転する軽自動車の後ろを走っていたときのことである.

のんびりと走るその車は,すぐにおじいさんの運転だと分かった.
だから寛大な僕は,周囲と合っていないスピードや,微妙なふらつきも許しつつ,おじいさんのハンドル操作ミスがあってもすぐに対応して事故を避けるべく注意していた.

しかしそのときは,その寛大さがあだになった.
寛大モードにあったので,事実の客観的判断よりも,推定を優先させる思考が支配的になっていた.

だから,交差点のない一本道で,おじいさんが左のウインカーを出しつつ右に寄っていったとき,「あー!? おじいさん右に曲がりたいのに左のウインカーを出しちゃってるよ.まったく危ないなぁ.でも僕はそんなことじゃイライラしないから大丈夫だよ(^_^) 対向車に気をつけて右に曲がってね.」という推定で,僕は自分の運転の判断を下した.
おじいさんの左側を通過するという判断を….

それなのに!
おじいさんは急に左にハンドルを切ってきたのだ(@_@)

結局何だったのかというと,おじいさんのウインカーが正しかったのだ.
おじいさんは道の左にある店に入るために,(中央分離帯中央線をわずかにはみ出すくらいに)すっごく右にふくらんでから左に入ろうとしていたのだ.
危ない危ない.ヒヤリ経験で済んでよかった(^_^;

潜在危険デザインのウインカーについては次回に.

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