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2009年9月

2009年9月 4日 (金)

いいくに作ろう!?

ふと目が行ったパトカーのナンバーが「4192」だった.

「よいくに(良い国)」とは洒落ている.

もしもナンバーが「4704」のパトカーがあったらそれもいいだろう.「よなおし(世直し)」と読めるから.

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2009年9月 3日 (木)

アバタのエクボ

「あばたもえくぼ」ということばがある.これは,好きな相手のことだと欠点(あばた)も長所(えくぼ)に見えることのたとえである.

今週はヒューマンインタフェースシンポジウム2009という研究集会に参加しているが,発表を聞きながら次のような語呂合わせを思いついた.

「アバターのえくぼ」

アバター(avatar)はアバタと書くこともあるから,ズバリ「アバタのえくぼ」と言うこともできる.

これをIT(あるいはICT)時代の新しい言い回しとして,「どんなに好きになっても,あくまでも仮想だからのめり込んではいけないこと」のたとえとするのはどうだろうか!?

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自分の直感

Ahaは鉄道を利用する機会は多いが,電車に忘れ物をするのは数年に一度もないくらいである.それが最近,久々に忘れ物をしてしまった.
(よく忘れ物をするという知人の逸話と,忘れ物後の非常に前向きな考え方を聞いて,そのおおらかさにあこがれていた自分があったから,それが影響したのかもしれない!?)

忘れ物に気づいたのは次の電車に乗り継いでからだったが,その時は幸い時間に余裕があったから,すぐに引き返して忘れ物を受け取ることができた.すぐに引き返したとはいえ,なんだかんだで一時間はロスしてしまった.

その忘れ物で残念だったのは,電車を降りるときに何か足りない気がして一瞬立ち止まったのだが,自分の直感よりも,短時間で頭の中で呼び出した自分の記憶を信じてしまい,改めてじっくりと自分の席の周囲を見回さなかったことである.
(忘れ物をしていたのは棚の上であった.)

僕は自分の直感が鋭くないと思っている.それは,明確な根拠はないが自分の経験を漠然と振りかっえてみると,直感にのっとった判断で失敗したことが多いからだと思う.

しかし,本当に自分の直感は鋭くないのか? 仮に昔は鋭くなかったとしても今はどうなのか?
この事実確認をすべく,少し前から,『自分の直感を疑って失敗した例』なるメモを作っている.

もちろん,『自分の直感を信じて失敗した例』も記録するのが客観的なやり方だが,ノオト:日々是好日の「いいこと日記」と同様の精神で,自分の直感がみがかれる期待を込めて,今のところ『自分の直感を疑って失敗した例』,つまり,“実は直感が当たっていた例”だけを記録している.

【追記(2009/09/04)】下線部:加筆訂正.

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2009年9月 2日 (水)

エスカレーターの片側寄りの効用

Escalator10年以上前に,「ノオト:エスカレーターの片側寄りの不可解」を書いた.

当時は考え及ばなかったのだが,実は,片側寄りは危険を回避する乗り方でもあった.

昨今の報道やエスカレーター周りの掲示によって,履き物が挟まれる危険については広く知れ渡っているが,降り口の混雑による危険についてはあまり認識されていないようである.
(6月に,混雑状況を自動検出して乗客に注意を喚起するシステムが発表されている.)

エスカレーターでは,降りた人が立ち止まらないことが前提になっている.立ち止まってしまうと,後ろの乗客の行き場がなくなり,折り重なって転倒する恐れがある.

たとえ混雑していなくとも,エスカレーターを降りた途端に立ち止まったりしても,同様の危険を誘発する可能性がある.

この種の危険を回避する最も良い方法は,乗客の密度を小さくすることである.そうすれば,仮に降り口の人が立ち止まってしまっても,すぐには体がぶつからずに逃がすことができる.

密度を小さくするには,前の人から一段空けて乗る,あるいは片側だけに乗るのがよい.前の人から一段空けて片側だけに乗るのは最も安全な乗り方ということになる.

人それぞれ……これを十分に認識することが危険回避に不可欠であることを改めて思った.

いま,がエレベーターを降りる際に努めているのは,エレベーターの速度あるいはそれ以上の速さで歩き始めること,そして,次の階へのエレベーターに乗り継ぐ際に,混雑しているときには小回りで乗り継がずに,大回りすることである.

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