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2009年6月

2009年6月28日 (日)

夏の夜の語呂合わせ

Star夏の星空,天の川にまつわる明るい星の中に夏の大三角がある.

大三角の一つ「はくちょう座・デネブ」は白鳥のお尻に位置する星である.これを覚えるには次のような語呂合わせを用いるとよいだろう.

「デネブは白鳥の臀部にある」と.

臀部は「でんぶ」と読み,お尻のことである.そして「デネブ」も実はお尻を意味するそうだ!

これが単なるダジャレなのか,実はルーツが同じ言葉なのか,興味が湧くところである.

ちなみに,物理学者でありつつも多くの著作を残している寺田寅彦のエッセーに「比較言語学における統計的研究法の可能性について」があり,そこでは異なる言語間の音の一致について考察されている.そこから,英語と日本語で音が類似して意味が同じ単語を幾つか引用すると…

flat ←→ 平ったい
new ←→ 新(にい)
clean ←→ きれい
soot ←→ すす

などがある.

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2009年6月24日 (水)

男女平等から女性主導へ

Avecが中学生の頃,「技術・家庭」の授業は男女が別クラスだった.男子が「技術」で工作などを学び,女子は「家庭」を学んだ.

これを男女差別だというのかもしれないが,男女別学と差別は別物だという認識があったと思う(*1).もちろん当時はそこまで考えなかったが,今思えば,それを通して,自身の存在価値が見つけられたように思う.

現在,中学校では男女ともに「技術」と「家庭」を学ぶ(*2).

あまりに均等過ぎて,本当に強くなければ自分の価値を見出すことが困難になっていると思う.いわば,ごまかしがきかなくなっている.

人間は(特に男は?)弱い面がたくさんあるから,何とかよりどころを探して生きているのだと思う.だから,遊びがないとキツキツになってしまう.

授業時間削減や土曜の休みなど,無益なゆとりを作っておいて,本当に必要なゆとり(遊び,ごまかしがきくこと)がなくなっている.

だんだん話が逸れ来たので(汗),そろそろ本題に入ろう.

先日,あるホテルのブライダル・フェアの様子を見る機会があった.

結婚を決めたカップルが集まり,有名人のトークショーを楽しんだり,より美しく魅せるためのさまざまなレッスンが行なわれた.

それらレッスンでは,壇上の講師が会場のカップルから希望者を募って,ステージに招いて体験してもらう場面が多かった.

そこで目にしたのは,積極的な女性と,それに引っ張られる男性だった.

ステージからの呼びかけに対して,手を挙げるのは例外なく女性の方で,男性は照れくさそうに付いて行った(*3).

そのような女性主導の構図の中には,もはやレディーファースト(≒女性尊重)の概念は消滅しているようだった.十分に強いから,尊重する必要がないからだ.

たとえ芯がしっかりしていて男前でも,あるいはたとえ,ちょっとひねくれていても,男の弱さを分かって,ふとしたところで気づかいを見せてくれる女性に,男は惹かれ,尊重したくなるものだ.

(*1) 役割の分担がそもそも不平等だとの意見もあるかもしれないが….

(*2) そして「技術」の中にはパワーポイントの使い方まで含まれている!

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2009年6月23日 (火)

性別と身ぶり,共感の要因はどちらか?

Conversation以前「へたこいたー!」で取り上げた,ノンバーバル情報に関する研究を紹介したい.

会話中の身ぶり手ぶりをはじめとするノンバーバル情報の表出について,女性の方が男性よりも活発であることは日常的に目にするところである.

事実,頭部運動の活発さに関する研究に寄れば,女性同士の会話では,男性同士に比べて動きが活発であることが知られているそうだ.そして,男性と女性の会話では,頭部運動が女性は少なめになり,男性は多めになるそうだ.無意識な歩み寄りがあるそうだ.

これに関する未解決の問題は次の点にあったという.
無意識な歩み寄りが見られるのは,相手が異性だからなのか,それとも単に相手の頭部運動が自分と違うからなのか?

バージニア大学の心理学者が,最新のコンピューター技術(ビデオ会議技術)を駆使してこの問題に取り組んだ.
※ 解説はこちら ("Psychologists Find that Head Movement is More Important than Perceived Gender for How People Coordinate Nonverbally During Conversation").

別の部屋にいる相手とカメラ・マイクを通して会話をするのだが,画面には相手の映像をコンピューター・グラフィクスで表現し直したものが表示され,スピーカーからは相手の声をコンピューター処理したものが流れてくる.

実験に参加した人は,画面やスピーカーから流れてくる情報は,相手を忠実に再現したものだと思い込んでいる.

この技術を用いれば,それが女性であっても,顔や頭部を男性として表示し,声も男性に変換することができる.

こすることで,外見の性別(顔・声)に依存して自分の頭部運動に変化が生じるのか,それとも,性別ではなくて相手の頭部運動の活発さに依存して自分の頭部運動が変化するのかが明らかになる.

結果は,外見の性別ではなく,相手の頭部運動の活発さが要因だったそうだ.

同性,異性を問わず,相手の動きの活発さに合わせれば,相手は自分に共感してくれる可能性が大きいということだ.

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2009年6月20日 (土)

不可能?それとも禁止?

No「携帯電話のご使用はご遠慮下さい」と書かれているからといって,「オレは押しが強いんだ,遠慮はしないよ!」と言ってはいけない.日本人なら,「ご遠慮下さい」=「お止め下さい」=「禁止です」であることを理解することが求められているからである.

「ご遠慮下さい」は,広い意味の敬語であろう.会計時に店員の言う「1,050円になります」の「なります」が広い意味の敬語であるのと同様である.

これらのことを理解していても,一般通路と歩行者専用区域の境界に標示されている「これより先,自転車は入れません.」や,一般道路と自動車専用道路の境界に標示されている「これより先,自転車は通行できません.」は,簡単には納得できない.

自転車どころかバイクでも容易に侵入できるのに「入れません」と書かれていても,入れるじゃないかと思ってしまう.道路の作りは特に変化していないから,普通に通行できるのに「通行できません」と書かれていても,通行できるじゃないかと思ってしまう.

携帯電話の「遠慮願い」→「禁止」の方は,“使用することも可能ですが,配慮願います”であるから,自主性が尊重されており,敬意が感じられる.

一方で,「不可能の表示」→「禁止」の方は,“可能に見えるかもしれないが,そして実のところ侵入は可能なのだが,規則で禁止しているから侵入は不可能なんだよ”であるから,工夫のない言い換えに過ぎず,そこには自主性の尊重がない.

一般通路と歩行者専用区域の境界では「これより先,自転車はご遠慮下さい.」と,そして,一般道路と自動車専用道路の境界では「これより先,自転車は通行禁止です.」と標示されている方が受け入れやすい.

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2009年6月15日 (月)

補足:異性への関心の男女差

異性への関心の男女差」(2009/06/13)に補足をしました.

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2009年6月13日 (土)

異性への関心の男女差

WomanHuman Nature という学術雑誌に,"Partner status influences women's interest in the opposite sex" というタイトルの論文が発表された.

それは,17〜26歳の男女あわせて115名の実験協力者(被験者)での実験である.

異性の写真を見て,できるだけ早く,誠実さ,男らしさ,魅力,感情を評価する実験の結果を,男女それぞれ2グループに分けてグループ間の違いを分析したところ,次のような結果を得たという.

  • パートナーのいない女性は,いる女性よりも評価に要する時間が長い.
  • 男性の場合には,パートナーの有無による差はない.

《補足 2009/06/15》論文のグラフを見ると,所要時間は (パートナーなし女性) < (パートナーあり女性)≒(パートナーなし男性)≒(パートナーあり男性) となっている.

* ここでいう“パートナーの有無”が具体的に何を指すのかは,実験協力者の年齢層から容易に推測できると思うので,ここには書きません(*^^*)

* この論文の紹介記事(一例)はこちら → Single women gaze longer

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へたこいたー!

Sunノンバーバル・コミュニケーション[*註]分野を仕事の一部にしているは,それが仕事を抜きにしても関心事項であるし,また,仕事に役立つかもしれないからと,普段から人間観察をし,人の意図を予想してみることが多い.

[*註] 「ノンバーバル (nonverbal)」は「非言語の」という意味である.つまり,ノンバーバル・コミュニケーションは,言語以外の情報を用いたコミュニケーションのことである.例えば誰かに向かって話をしているとき,表情,身ぶり,声の調子はノンバーバルな情報である.参考までに,「バーバル (verbal)」は「言語の」という意味であるので,バーバル・コミュニケーションは文字によるコミュニケーションのことである.絵文字や顔文字は,メールにノンバーバル情報を付加する試みと言える.

さて,そのように予想してみた場合に,観察のみで答えが出ることもあるが,確認してみなければならないこともある.

スーパー銭湯にて,僕がドライヤーを使おうとした際に,僕の視野の限界付近に殿方が立っているのが見えた.

まずは譲る,を基本とする僕は,ひょっとしてその殿方がドライヤーを使いたいのであれば僕は次にしようと思い,顔を直視することなく「使いますか?」と訊いた.

すると,「いいえ♪ どうぞ.」と明るく爽やかな答えが.

あれだけ爽やかに返事されるとコミュニケーションが心地いいなぁと,ひとり悦に入りつつ,ドライヤーをかけながら大きな鏡に映るその殿方をチラ見すると,風呂上がりでさっぱりとした,光り輝く頭部がそこにはあった(>_<)

へたこいたー

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「医者の不養生」的なこと

Riceがよく行く居酒屋は,誰を連れて行っても間違いなく喜んでもらえる.

そういう僕も,友だちに連れて行ってもらって以来ハマってしまったのだ.

店主とお手伝いでこぢんまりと営まれているその店は,当日仕入れた鮮魚を中心とした和食が振る舞われ,街のそこだけが別世界のように賑わっている.

が,連れて行った人から後日悩みを打ち明けられることもある.それは若者の場合に多い事例である.

その居酒屋に行って以来,スーパーやコンビニで買う刺身やおにぎりが美味しく感じられないという.(もう若者ではないが,かく言う僕もその一例である.)

何ごとにも,知る幸せと知らない幸せがある.そして何ごとにも,ふさわしい順序がある.

満足を求めるあまり分不相応に浪費をして窮地に追い込まれることがあるだろう.しかし一方で,知らなければよかったのに知ってしまった幸せを再び味わいたくて,努力して成功することもあろう.

このような客の悩みを知ってか知らずか,その居酒屋の店主は,あっけらかんと言う.「オレはセブンイレブンのおにぎりが好きだね!」と.

実際,その店主は,落ち着いて夕飯を食べる時間がないからと,仕事帰りにコンビニ(主にセブンイレブン)でおにぎりを買い,食べながら車を走らせるのだ‥‥‥もちろん,しらふです,念のため.

そのようなことを考えながら,横断歩道で信号待ちをしていたら,向こう側に見覚えのある強面の男性が立っていた.

マスコミにも登場する,行列のできる人気ラーメン店の店主だ.

昼前からひっきりなしに来る客にラーメンを振る舞い続け,恐らく,夕方を待たずして今日の分のラーメンが終了し,厨房の掃除や片付けを終えて帰宅するところなのだろう.サングラスで隠された表情には充実感とともに疲労も混ざり合っているのだろうが,外では疲れは見せたくないという格好良さがそこにはあった.

僕も何度か食べに行ったことがあるので,感謝の意を込めた挨拶をしたいところだったが,店主が顔を覚えてくれるほどの常連でもないから,その時は,すれ違うまでの短い間の観察に留めておいた.

その店主が手にする半透明のレジ袋からは,はっきりとカップラーメンの容器が透けて見えていた.

時間をかけて丁寧に作った,とっても美味しいラーメンはすべてお客に食べさせて,自分自身の食事は簡単にすませているようだ.

それがサービスというものなのかもしれない.

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2009年6月 9日 (火)

ハローキティ!?(その後)

Hellokittyこのようないきさつで申し込んだキャッシュカードが届いた(写真).

「どうせなら質素なデザインよりも華やかな方がいいから」との動機からだったが,いざ手にしてみると,濃い青の落ち着きとキティのはでやかさがバランスしていて,大人の持ち物としておかしくない仕上がりになっている.

これが財布だったりしたら,時折ひとに見られて趣味を疑われかねないが,キャッシュカードなら,普段ひとに見せるモノでもないし,そもそも,オプションを消極的に(!)選択しただけだから,いざという時には言い訳もできる!?

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2009年6月 8日 (月)

「おもしろい」から「使える」へ

Faceおもしろいアイデアや技術はたくさんあるが,それを使える技術にするのは難しい.

そこに技術的なギャップがある場合もあるが,まったくギャップはなく,目の付け所が違うだけの場合もある.

顔認識技術の応用製品が次々に発表される中,にとって,おもしろいで終わってしまう例は,デジタルカメラLUMIXの個人認識技術“Ayuを探せ”である.

運動会で自分の子供を探してピントを合わせてくれるとか,浜崎あゆみ(Ayu)+多数女性の撮影時に,Ayuの顔に最適な自動調整ができる機能で宣伝されている.

それはおもしろくて凄い技術だと思うけれど,「へぇ〜,でも….」となってしまう.いくらかわいい我が子でも,“他の子はともかくうちの子を”という考え方に違和感を覚えるからだ.このような僕の考えに違和感を覚える知人は少なくないが(^_^;

さて,一方,技術としてはまったく同等だと思うが,Appleの写真管理ソフトiPhoto '09の新機能“人々”は,おもしろい上に,便利だ.

同じ人が写っている写真を自動的にまとめてくれる“人々”機能は,ひとり思わず笑みがこぼれるくらい使える!

ちょっと気になったので,英語版iPhoto '09での用語を調べてみたら,“人々”は "People" ではなくて "Faces" であった.

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2009年6月 7日 (日)

説の変化,常識の変化

Newbornが青少年であった頃,スポーツに欠かせないのは根性であった.スポ根もので主人公の根性が試されるとき,そこにはウサギ跳びのシーンが付きものだった.

また,野球部の同級生は,肩を冷やすからと水泳を見学していたのを覚えている.

現在では,ウサギ跳びはよくないからと練習メニューから排除されているそうで,テレビの野球中継では,投げ終えた投手が肩をアイシングしている様子が映し出される.

さて,僕が脳科学の勉強を始めた頃,教科書や参考書はもちろん,現役研究者の言葉にも,「脳細胞は増えない」という常識があった.

他の細胞は生成と死滅を繰り返すが,脳細胞(ニューロン)は特別で,持って生まれた脳細胞が生き続けるか死滅するかしかないと.

それが,10年ほど前に,大人でも脳細胞が新たに生まれる(新生する)ことが発見された.海馬では日常的に脳細胞が新生しているという.

しかし,新たに生まれた脳細胞は,放っておくとすぐに死滅してしまうそうだ.

日経サイエンス2009年6月号の記事「鍛えるほど頭はよくなる 新生ニューロンを生かすには」には,新たに生まれる脳細胞が生き続ける条件について述べられている.

この記事は,そこから得られる情報が有益であり,示唆に富んでいる上に,事実の誇張や歪曲を招かないよう注意深く論述されているところがいい.

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