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2009年4月

2009年4月19日 (日)

100の目標 (その2)

今年3月の下旬,大学での研究室に所属する学生たちに今年度の100の目標を書いてもらう計画を思い描いたとき,いきなり100では難しいかもしれないから,25あるいは50にしようかとも考えた.

しかし,簡単に書けてしまっては「脳に汗をかく」ことができないから,やはり実践者(知人B)が行なっているとおり,100で行なうことにした.課題はちょっと難しいくらいがちょうどいい.

4月初旬,「できれば100個書いて欲しいけど,どうしても書けないならしかたないかなぁ….」と内心は恐る恐る出した課題だったが,ほぼ全員100個の欄を埋めてきた.

この話をしたら,知人Yは自分もやってみようと言い,研究室の学生によれば,他の研究室のある学生もおもしろがってやってみたという.

いい感じで広がりを見せているのが,うれしい.

この種の目標は,達成できたかどうか明確に判定できるように書くことも重要だと思う.ものごとを明確に記述する訓練にもなると思う.

「まあ達成できたと思う」ではなく「達成した」と言い切れる(完了マークを付けられる)ように書くことも,達成感(充実感)を味わう上で重要である.

「真面目に研究に取り組む」という目標では達成判断が難しい.自分と周囲の判断が異なるかもしれないし,自分でも断定ができないかもしれない.「研究室のゼミに欠席しない」とすれば,たやすく客観的な判断ができる.

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2009年4月16日 (木)

筆記体は,オヤジ!?

Worried中学英語で筆記体が必修事項ではなくなっていることに驚いて認識を新たにしてはいたものの,それが,の身近なところで,密かな,しかし大きな問題となっていることまでは思い至らなかった(>_<)

こちらの方が,盲点に関する盲点よりもはるかに重大である.

それは,大学生が筆記体で書けないだけでなく,筆記体を読めないということだ.

大学の英語教師も「英語を筆記体で書かなくなって久しい。」ようだ.

多くのオトナたちは,この事態に気づいていないのではないだろうか.

日本語で,僕よりもずっと年上の人たちの達筆(草書など)を,僕たちが読めないのと同じであろう.だとすると,大学生に英語の筆記体を読むことを求めるのではなく,こちらが使わないようにするのが対応としてふさわしいだろう.

今後は,板書では筆記体を使わないようにしようと思う.

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2009年4月12日 (日)

ある事実

Body先日,テレビ番組SASUKEを見ていたら,ひろみちお兄さんは,身長と体重が同じだと知った.

もちろん,背丈(せたけ)と目方(めかた)が同じというだけであって,それ以上のことを主張するつもりはありません…(^_^;)

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