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2009年1月30日 (金)

情報化と不安

情報として存在するものには不安がつきまとう.

パソコンのデータ消失で辛い目にあった人は少なくないだろう.

書類としてそこにあるものは,その授受は面倒だが,ちょっとやそっとでは消失しない安心感がある.

駅のトイレの鍵についても,機械式でガチャン(あるいはカチャン)とかかる方が落ち着いていられる.

バリアフリーなトイレは,たとえ機械式の鍵であったとしても落ち着かない.部屋が広いというだけで落ち着かないのに,席から扉までが遠いから,仮に予期せず開いてしまったとしたら,扉を押さえることができずに無防備な姿をさらけ出すことになりかねないからだ.(そのような心配をしたことがない人もいるだろうが….)

とは言っても,機械式ならまだいい.これがセンサー式だったりすると,たとえ極度の心配性じゃなくても,落ち着けないと思う.

センサーというのは,手をかざすタイプの,水を流す用途に広く普及しているあれである.

メカニズムとしては,トイレの中からセンサーに手をかざすと外からの操作が無効になる.が,そうは言っても,ノイズ(雑音)で電子回路が誤動作するんじゃないかとか,着座の姿勢を変えたら反応してしまうんじゃないかと心配になって,まったく落ち着かない.

人間は,見えるもの,聞こえるもの,触れるもの,匂いのするもの,味のするものに安心感を覚えるようにできている.

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